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酒豪讃歌

 八月二十四日が何の日かご存じでしょうか? 若山牧水の誕生日にちなんだ記念日です。じゃあ白鳥の日かい? なんて歌人なら言うでしょうか。でも、白鳥ならむしろ志村けんのほうが相応しくないですか。志村けんと言えば東村山音頭。その一丁目編では、身体の中央に白鳥の首をしつらえたバレエ衣装を着て、視聴者の度肝をぬき、娯楽番組の歴史を変えたのです。
 ――話が脱線しました。八月二十四日というのは、現在〈愛酒の日〉とされています。なぜ牧水の誕生日なのか。それは、牧水が無類の酒好きとして知られているからです。牧水は〈旅の歌人〉と呼ばれ、同時に〈酒の歌人〉とも呼ばれています。酒にまつわる歌は三千首とも。「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」という歌は、作者が牧水だと知らなくても聞いたことのある人は多いでしょう。飲む量も半端ではなかったようです。ネットを検索すると「一升飲んでいた」という情報が散見されます。一升は約1.8リットル。べらぼうな量です。まさに酒仙、いえ酒豪だったのですね。
 実は私も、一升を空けてしまったことがあります。つれづれな休日に家で映画を観つつ、日本酒を飲んでいるときでしたか。うっかり一升瓶をカラにしてしまったのです。なにせ父方は飲める家系。それでも三十路過ぎくらいからは自制プレイも覚えました。うっかりと四合瓶(約七二〇ミリリットル)を空けてしまったときなどは、うっとりと自制プレイを行い、そこでやめられるようになったのでした。
 こんなことを書いてしまうと、アルハラが問題になるご時世です、私みたいな人間は警戒されてしまうかもしれませんね。でも、他人に酒を強要したり、暴言を吐いたりすることはありません。今時は飲めない人が増えました。否、飲めないことを言える時代となったのでしょう。善いことです。私は先輩方のために水割りを作ったり、御大の昔話を正座して聞いたり、あるいは会計時にランクの差や男女別を考慮に入れて支払いを割り振る作業を経験してきました。酒の席といえども気の抜けない場だったわけです。なので常々、酒宴はみんなが楽しく過ごせる場にしたいと思っています。
 昨今の酒宴は、一昔前よりも上下関係の煩わしさがなくなったかに見えます。とは言え、日中の会議などの構図がそのまま酒宴に持ちこまれることもあるでしょう。たとえば、饒舌な人が中心になって話題をふり、場合によっては演説にまで高まることがありますよね。あれが厄介です。人の興味はさまざまなのに話題が偏ってしまうのです。みなさんは、酒宴で所在なげにしている人に気づいたことはないですか? あれは、その場の話題に興味のない人かもしれません。自分もそんな経験があります。ですから、話題に入れない人にも配慮した社交を心掛けるよう、私は気をつけています。
 退屈な話になってしまいました。どうもいけません。そこで最後に、もう一度、酒にまつわる豪快なエピソードを紹介してみたいと思います。繊細な読者はもうウンザリでしょうか。いやいや待ってください。常人の想像しうる酒量を超えたエピソードなのです。逆に清々しささえ感じていただけるのではありますまいか。
 べらぼうな酒量の人種といえばプロレスラーです。近年はテレビでも、昭和のプロレスラーたちの豪快エピソードで盛り上がることが多いですね。息苦しいご時世にあって、人びとに爽快感を与えてくれるからではないでしょうか。
 酒豪揃いのプロレスラーの中でも大酒飲みナンバーワンは、アンドレ・ザ・ジャイアントです。身長二メートル二三センチ、体重は最高時で二六五キロ。〈大巨人〉〈人間山脈〉〈一人民族大移動〉など、キャッチフレーズはさまざま。プロレス実況をしていた古舘伊知郎は、「一人というには大きすぎる。二人といったら世界人口の辻褄が合わない」と形容し、今もファンに語り継がれています。私もアンドレの大きさには思い出があります。あるタッグリーグ戦でアンドレ組の優勝が決まった直後、大喜びのアンドレがリング上で、ビールの大瓶をグワーッと飲み干したのです。その大瓶の小さく見えたこと! ヤクルトの容器くらいに見えたのでした。
 さて、このアンドレの飲む量はと言うと――一日に缶ビールを朝12本、昼36本、夜60本、大瓶なら40〜60本、ワインなら20〜30本をカラにするそうな。また記録としては、札幌のビール園の飲み放題で大ジョッキ89杯というのが残っています。さらに移動中の車の中で缶ビール118本をカラにしたあと、それでも飽き足らず、現地に到着後、ワイン約19リットルを飲み干したという話もあるのですから、まさに怪物です。アンドレに関しては酒以外にも仰天エピソードがふんだんにあるので、皆さんも調べてみると面白いですよ。おすすめです。

初出:「かばん」2022年6月号
※一部削除・修正しました