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[連載ラブコメ小説] こいのうた5 コロナの中の二人

登場人物
 
堀口雄太
水口はるか
早乙女さくら
 

 それは突然やってきた。中国で発生した新型コロナ・ウイルスである。コロナの猛威はあっという間に世界中に蔓延し、企業や教育機関等を閉鎖に追い込んだ。何よりも大変なのは飲食店や、舞台関係の団体であった。行政と医療は、人が集まるところに感染ありと判断し、人と人との接触を極端に制限した。飲食店は休店を余儀なくされ、舞台やライブ、コンサートは次々に中止になった。
 堀口雄太と水口はるかが在籍する城東大学も例外ではなく、休校になった。幸いにも、はるかが主役を務めた舞台『恋愛変奏曲』は、好評のうちに終演していた。しかし、先輩の早乙女さくらと柳原健二が主役を務める、ミュージカル研究会の卒業公演『アイーダ』は延期を余儀なくされた。いや、それどころか中止になるかもしれなかった。

「あ~あ、ついてないなあ。せっかく女優になれそうなとこだったのになあ」
はるかは自宅の1DKのマンションで、ため息をついた。
東京に家族がいるものはまだ良かった。はるかのように上京して一人暮らしをしている者は、感染者の多い東京からウイルスを持ち込む可能性があるとかで、帰省もできなかった。まるで、自宅に軟禁状態であった。テレビも毎日コロナのニュースばかりだった。
「雄太は何してるんだろう。電話してみよう」
「はい、はい。おう、はるか、か」
「雄太、なにしてんの。わたし、もう、頭おかしくなりそう。友達とも会えないし、学校はいけないし、喫茶店に行っても、話はできないし、居酒屋なんてなおさらよ。その前にどこもやってないし」
「そうだな、みんな大変だ。おれのバイトもほぼ全滅だ。今はウービー・イーツしかねえ。それ以外はDVDみながら演技の研究中だ」
「雄太は強いよね。わたしはダメ・・・もう、どうしたらいいかわかんない。わあ~~ん」
「お、おい、どうした。泣き出すことないだろ」
「だって、どこにも行けない、実家にも帰れない、ここは牢屋みたい」
「大げさな。わかった、わかった。じゃあ、学校のそばの道端公園にこいよ。公園なら話ができるだろう。缶コーヒー買っていくから」
「わかった。雄太、ありがとう」

 2

雄太は、意外に元気そうに表れた。
「ほい、コーヒーだ。無糖とどっちがいい?」
「あ、わたしは甘いのがいい」
二人は池のそばのベンチに腰かけた。
「みんな、どうしてるのかな。わたしだけかな、こんな落ち込んでるの」
「みんな同じだよ、家から出られないのは。都知事もテレビでも外出するなといってるしな」
「コロナにかかったら死んじゃうの」
「ま、死ぬことはないだろ。おれたちは若いから」
「このあいだ、有名な喜劇の人、死んじゃったよね」
「あの人は73歳だからな。それにヘビー・スモーカーだ。この病気は基本的に肺の病気だからな。一発アウトだ」
「雄太、これからどうするの」
「うん・・・じつは考えていることがあってさ。お前にも少し関係があることだ」
「え、わたしでできることなら、なんでもするよ」
「そうか、実は卒業公演のことなんだ」
「ああ、わたしも気にしていたんだ。さくらさん、がっかりしてるでしょうね」
「さくらさんは強いからな。でも、ショックなのは間違いないだろう。今だから教えるけど、お前の舞台の切符、大半はさくらさんが売ってくれたんだ」
「えっ・・・そうなんだ。お礼言わなきゃ」
「いや、その件は口止めされているからな。収めてくれ」
「でも、おかげでギャラも沢山もらったよ。だから、コロナでも生活できてる。本当に感謝してるよ」
「その件はもういいよ。それより、話はここからだ」
「うん、なに」
「いいか、卒業公演を,おれたちでもう一度仕掛けるんだ」
「え、でもどうやって」
「可能なかぎり部分稽古に切り替えて、クラスターが起きないようにする。それを撮影するんだ。そして、それは無観客でやる」
「その会場費や撮影代はどうするのよ。わたしのお金かき集めても、そんなにないよ」
「ばか。お前に金出せとは言ってないだろ。いいか,クラウドファンディングを使うんだ」
「くらうどふぁんでぃんぐ?なにそれ」
「クラウドファンディングとはな・・・」
雄太は、はるかに説明をはじめた。
 
 クラウドファンディングとは、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語である。インターネット上のサイトから、多数の人からの少額の資金をあつめて、必要としている団体や組織に財源の提供を行うことである。現在はクラウドファンディングをビジネスにしている会社は多くみられる。
 
「なるほどねえ、雄太はいろんなこと知ってのね。でも、お金集まるかな」
「それが俺たちのおもな仕事だ。城東大学の会報にのせてもらったり、学生の親たちにもこのことを宣伝して、知らしめるんだ。金持ち大学の親は、絶対協力してくれるはずだ。これから、さくらさんにこのプランを話にいこう」
「わかった!」
はるかは元気をとりもどして答えた。


 
「雄太くん、はるかちゃん。なあに、大事な話って」
久しぶりに会うさくらは、幾分元気がなかった。
それはそうだろう。学生最後の締めくくりに選んだ公演が中止になったのだ。
「さくらさん、卒業公演やりましょう。おれたちが仕掛けます」
「さくらさんの歌、聞きたいです!」
二人はさくらに熱弁した。しかし、さくらは首をたてにふらなかった。
「二人の気持ちはとてもうれしいわ。でも、もし感染者がでたら、そして最悪の事態がおきたらを考えると、とても無理」
さくらは力なく答えた。
「でも、さくらさんの学生最後の公演です。それに業界の人も大勢くるし」
はるかは、なんとかさくらを説得をしようとした。
「はるかちゃん、ありがとう。でも、これは私たちだけの問題ではないわ。
一人でも感染者が出たら終わりよ。でも、本当にありがとう。二人の気持ちはとてもうれしいわ」
さくらは涙ぐんで言った。しかし、さくらは、ついに承諾することはなかった。二人はすごすご帰るよりなかった。さくらのいっていることのほうが、理にかなっていたからである。
「雄太、なんか方法ないかな。さくらさん、かわいそう・・・」
「うん、そうだなあ・・・」
雄太も力なく答えるだけだった。
 
 雄太は鬱々と家に帰った。そして何気なくテレビのスイッチをいれた。
そのとき雄太は、はっとした。
「そうか、これなら!」

 4

 次の日だった。さくらの携帯がなった。雄太からだった。
「さくらさん、いい方法があります。これなら、放映できます。聞いてください」
「え、どんな?」
それは、それぞれの自宅から、リモートで一斉に歌唱するというものだった。
それぞれがパソコンの前で演奏し、それを一つにまとめるというやり方。
無論、技術的なサポートは必要だが、それは雄太の友人のITに強い人間に頼んだ。この方法ならクラスターもおきない。
雄太は、あるオーケストラの番組を見て、団員が自宅からのリモート演奏をしているのを見て気が付いたのである。出演者がみなリモートで歌えばいいんだと。さくらも、それならと承諾したのである。はるかと雄太もコーラスで参加したのは言うまでもない。
 
 曲は『アイーダ』の中の『神が愛するヌビア』を選んだ。
祖国をほろぼされたヌビアの民が、アイーダの下で再び祖国再興を誓う。
さくらと、そのほかのメンバーのコーラスで、壮大に歌い上げる力強いナンバー。
 
    『神の国よ 輝く祖国 神に愛されて栄あれと
     今はヌビア哀しき祖国 たとえその身が傷ついても
     愛しきヌビア 神が育むその歌声は優しく響く・・・』
 
さくらの熱唱がインターネットから放映さると、大きな反響がおきた。
視聴者は感動し、涙し、そして勇気を取り戻した。
元気をもらった、勇気がでた、頑張ろうと思った・・・
コロナ禍の人々は、さくらの歌で再び歩き出したのであった。

          了

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