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「気合を入れろ!」が伝わらない訳

バスケの試合中に、コーチからの「気合を入れろ!」「やる気を出せ!」という指示を聞く。しかし、その指示でプレイヤーが気合を入れられたり、やる気が出た選手は多くはないだろう。特にミニバスでは、このような指示は意味をなさない。怒った表現だから駄目というの意味ではなく、何と言っても通じないからだ。この通じないメカニズムについて僕の理解を示す。

有名なゴールデン・エイジ

スポーツでは、運動神経の発達の観点で「ゴールデン・エイジ」が語られることが多い。年齢別の発育を示したスキャモン曲線において、神経系の発育の最終段階で、9〜12歳には成人と同じに程度まで発達する。それまでの間に様々な運動にチャレンジして、神経回路を形成せさせることが重要であるという考え方。

9歳の壁の方が重要

スポーツを運動という側面だけで考えると「ゴールデン・エイジ」は重要だが、小学生にスポーツを指導する上では、「9歳の壁」についても理解しておく必要がある。「10歳の壁」「小4の壁」とも呼ばれる壁は、スキャモン曲線が示した脳神経の発達に関係する。運動に関わる神経だけでなく脳そのものも急激に発達が起こるということ。そして、それは身長が伸び始めるタイミングが個人で異なるように、脳神経の発達にも個人差があるという点を理解しておく必要がある。

もう少しこの「9歳の壁」を説明する。これまで「手」「足」など目で見てて触れる物体を認識できてきた。そのため、習う漢字も具体的で身近な物体が多い。しかし、小学4年生から「案外」「機転」「自治」など抽象的な言葉も理解できるようになる。目で見えないものなので概念として理解でき始める。分数や割り算も目で見ることができないし、式の計算から文章問題を解き始める。こうした結果でこうなるという因果関係も理解できるようなり、未来を予測したり、見通したりする力が付き始める。文科省でも以下の様に説明している。

9歳以降の小学校高学年の時期には、幼児 期を離れ、物事をある程度対象化して認識することができるようになる。対象との間に 距離をおいた分析ができるようになり、知的な活動においてもより分化した追求が可能 となる。自分のことも客観的にとらえられるようになるが、一方、発達の個人差も顕著 になる(いわゆる「9歳の壁」 ) 。身体も大きく成長し、自己肯定感を持ちはじめる時期 であるが、反面、発達の個人差も大きく見られることから、自己に対する肯定的な意識 を持てず、劣等感を持ちやすくなる時期でもある。
 また、集団の規則を理解して、集団活動に 主体的に関与したり、遊びなどでは自分たちで決まりを作り、ルールを守るようになる 一方、ギャングエイジとも言われるこの時期は、閉鎖的な子どもの仲間集団 が発生し、付和雷同的な行動が見られる。

文部科学省

つまり、チームのルールを理解したり、セットプレーを理解したりを考えた時、発達が早い子はスムースに理解できるが、発達が遅い子はなかなか理解できない。これは理解できない子が駄目とかではなくて、単に、タイミングが遅れているだけである。上述の通り、身長が伸びるタイミングが小6から伸び始める子もいるが、高校生になって伸びる子もいるような違いだ。だから、生物としての人間で考えた時に、発育のタイミングに優劣はない。しかし、チームとして子供を教えていると「9歳の壁」を意識する必要がある。

気合を入れろ!が伝わらない訳

一番分かりやすい問題は、試合中にコーチが発する「気合を入れろ!」「やる気を出せ!」という指示だ。「気合」も「やる気」も非常に抽象的な言葉である。正直、大人でも自分への「気合の入れ方」や「やるきスイッチ」を知らないのではないだろうか?場合によっては、本人は気合も入っているし、やる気も充分なのに、コーチに「気合を入れろ!」「やる気を出せ!」と言われて、指示が分からないケースもあると思う。コーチが怖いケースでは「話を聞いているのか?」と怒鳴られれば、子供達は怒られたくないので「はい!」と答えるだろう。でも、それでは試合の流れは変わらない。

具体的な指示をするしかない

では、どうすれば良いのか?抽象的でなく、具体的な指示をすることである。例えば「声を出せ!」のほうが「気合をいれろ!」よりも、具体的な指示に聞こえる。「ディフェンスを頑張れ」のほうが「やる気を出せ」という中でも、範囲が限定されるので、やるべきことが限定されて理解しやすくなる。
もっと考えると「声を出せ!」という指示もまだ抽象度が高いかもしれない。声を出すべきとは分かったが、具体的に何を言うべきか分からなかったり、自分で考えられない子がいる。「ナンバーコールをしろ!」の方が「声を出せ!」よりも具体的な指示になる。「1線ディフェンスは0.5アームまで近づけ!」の方が「ディフェンス頑張れ」よりも具体的な指示と言える。

これぐらいでないと9歳の壁を越えていない子供達には理解できないだろうし、10人を試合に出す必要があるミニバスでは、子供達が理解できる抽象・具体の程度を理解して、調整しながら指示をしていかなければならない。

具体と抽象は大人にとっても難しい

実は、大人も分かっていないケースがある。「具体」「抽象」という言葉自体が抽象概念である。そのため、大人でも「具体的には?」と質問されているのに具体的な話が出てこない人もいるし、「要するに、」と言って内容をまとめることができない大人もいる。ネット上の炎上も議論の抽象度のズレが原因であることが多いみたい。例えば「関西人は納豆を食べない傾向がある」という意見に対して「しかし、私は関西人だけど納豆を食べるよ」という反論は、会話の抽象度が噛み合っていない。「関西人は納豆を食べない傾向がある」は抽象的な一般傾向の話をしたいのだが、反論は個人の具体的な事例を示している。最初の意見では「関西人は誰も納豆を食べない」とは言っていないので、反論としてズレていることになる。反論するならば「関西人も20%が納豆を食べるという調査結果がでており、食べない傾向があるというのは言い過ぎである」という主張は抽象度が噛み合た議論に聞こえる。

具体的な指示の引き出しを準備しておく

話をもとに戻すと、ミニバスには、9歳や10歳や小4の子供達が多い。発達は個人差があるので、6年生になっても概念や因果関係の理解に苦労する子がいるかも知れない。コーチはこの事実を理解して、指示の具体性を上げるようにしなければならない。コーチ自身は、具体的な指示のパータンをもっておくことが有効である。

ナンバーコールをすることが戦術的に意味をもっていないかもしれないが、「気合を入れろ!」「やる気を出せ!」という伝わらない指示をして、イライラして、子供達との関係が作れないならば、「ナンバーコール!」という指示のほうが価値があるということである。

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