緒方あきら

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最近の記事

真夜中のタクシー

 深夜一時の駅前のタクシーロータリーは閑散としていた。  客待ちで停車しているのは私くらいなもので、人影もほとんどない。  もともとここは終電が止まる駅でもなく、寝過ごした客を拾えるような駅でもなかった。  それでも私はいつも、この時間になるとこの場所で客を待つ。  それは二日か三日に一度訪れるかどうか、くらいの頻度でやってくるのだ。  ウトウトとしていると、タクシーの窓をコンコンとノックする音で目を覚ます。 「今日もよろしくお願いいたします」 「どうも」  入ってきたのは、

    • 死に際演技

       目の前に、ナイフを構えた男が立っている。  血走った目で刃先を私に向け、こちらに真っ直ぐに走りこんできた。  どすん、と男の身体が私の身体に激しくぶつかる。私は腹部を抑え、ゆっくりと崩れ落ちた。 「そんな……私が、こんなところで、死ぬなんて……」  しばしの静寂の後、舞台の外から「カーット!」という大きな声が飛んだ。 「いやー、完璧な演技ですよ、西原加奈子さん! さすがは実力派人気女優だ」 「お疲れ様です、ありがとうございます」  演出の加藤が舞台にあがってくると、ご機嫌を

      • 心の補聴器

        (どうしてあたしは上手に旦那様をお迎え出来ないんだろう。これじゃあメイド失格だ)  夜、メイド喫茶のアルバイトの帰り道、あたしはひとりへこんでいた。  今日も上手にご主人様たちをお迎えすることが出来なかった。  ご主人様たちのちょっとした表情の変化で、それは察することが出来る。  だけど――。 (どうしたらご主人様たちが喜んでくれるか、どうしてもわからないんだよなぁ)  あたしのどうすれば喜んでもらえるか、という察する能力は皆無で、一生懸命続けたいバイトなのにお先はまっくら。

        • パパの似顔絵

          「うおぇ……、げえぇ! ゲホッ、ゲホッ! うっ……うえ……」  私は職場のトイレの便座にうずくまるようにして、便器のなかに何度も嘔吐を繰り返していた。ついさっきまで、職場の飲み会があったのである。勢いだけが売りのアパレル量販店特有の、質の低い体育系のノリだけが達者ないやな集まりだった。  この店の従業員は、半端者ばかりであった。  自分ひとりで肩で風を切れるほどつっぱってもいなければ、ただのおとなしい奴でおさまっても居たくない。そんな連中の集まりのなかで、副店長である私は上司

        真夜中のタクシー

          幕間

           脇坂未明は真っ暗な空間にいた。  闇に溶け込むような黒い服を纏い、陽の光が一切届かない闇の中に佇む。  彼女の美しく長い銀髪だけが、暗闇のなかで光を放つかのように輝きをもって揺れる。  錦糸が風にたなびくような光景は、彼女の漆黒の瞳にぼんやりと映るだけだ。  人は、やはり愚かしい。  自ら絶望への道を歩き、脇坂が導くままにその淵の淵まで歩いていく。  そして、自分の選択を以てして深淵へと落ちていくのだ。  どこまでも、愚かで虚しい。滑稽なほどに。  無能で愚かだ。脇坂は松本

          心亡くした志

           薄暗いほこりっぽい部屋に、たどたどしいタイピングの音が響く。  私は慣れない小さなノートパソコンの画面を前に眉間にしわを寄せた。  ディスプレイの明かりを受けた本棚には、ずらりと同じ著者の書籍が並んでいる。  著・松本葉造。  かつて、ヒューマンドラマを書かせたら右に出るものはいないと称された天才作家――他でもないこの私自身である。  二十数年前、携帯電話などほとんど流通していなかった時代、若き日の私は新進気鋭の小説家として文壇にデビューした。  私がとにかくこだわりをもっ

          心亡くした志

          感情を捨てる女

           あの日捨てた、たった一枚の紙切れ――。  何気なく捨てたあのひとひらが、私の運命をこんなにも狂わせてしまった。  取り返しのつかない片道切符は、あっさりときられてしまっていた。  それでももう、私の心は……。 「お待たせしました。次の方、どうぞ」  殺風景な待合室の椅子で順番を待っていた私を、よく通る涼し気な声が呼ぶ。  カーテンと簡単な立て板で仕切られた薄暗い部屋に入ると、華奢な女性が口元に笑みをたたえていた。  特徴的な銀髪が黒々とした濁った瞳を半分ほど隠し、口の端を

          感情を捨てる女

          引きこもりのカード

           空腹でイラついた気持ちを叩きつけるように、乱暴に床を踏み鳴らす。  二階の自室で、俺は舌打ちをしながら何度も地面に足でノックする。  一回で食事の準備をする、バタバタと耳障りな音がする。  俺が床をいきなり叩きまくるのは、この家では俺にメシをよこせという合図だ。  かつて進学校の中でもトップクラスの成績を収め、将来を渇望されていた。  しかし医大への受験はことごとく失敗し続けた。  浪人中だったはずの引きこもり生活も、あれよあれよという間におよそ十年になる。  一階のクソお

          引きこもりのカード

          ドナーの記憶

          「上田さん、上田さん――」  覆いかぶさるような黒い影の向こう側から耳に、いや脳に直接入り込んで来るような不気味な甘い声。  寝たきりの私の枕元に立つ、全身黒づくめの銀髪の女性。その瞳は墨汁を流し込んだように真っ暗で何も映し出さない。  手足が異常に長く、全身は折れそうなほどに細かった。  闇夜のように真っ黒で美しく、怪しげな雰囲気をまとった女がそっと寝たきりの私の顔をのぞき込む。華やかなかおりは、なぜか私に献花を連想させる。  とうとうお迎えがやってきたのだろうか。  声す

          ドナーの記憶

          絶望案内人

          あらすじ  脇坂未明(わきさか みめい)  それは美しい少女の姿をした悪夢。  絶望に瀕した人間の前に現れ、彼らを更なる絶望に堕とす存在。  美しくも恐ろしい、絶望と死の象徴の如き影。  彼女の紡ぐ「選ばれてしまった人間」の物語の数々をここに記そう。 序章  かつてある村に住んでいた、脇坂さんから聞いた話。  脇坂さんの祖父の祖父、いわゆる高祖父の光昭さんは明治時代の人で、漁師を生業にしていたという。不漁が続き生活が苦しくなった年、光昭さんの奥さんが臨月を迎え、やがて家に

          魔王の娘になりまして!

          あらすじ  私――井上瑠奈は限界オタク女子高生。  ある日目が覚めたら、見知らぬ部屋にいた。そこはなんと、ゲームの中で見た魔王城。  私は家族に売られ、魔王の娘ルナマリアとして生まれ変わったのであった!  とぼけたクソ親父、魔王サダキヨにスカル宰相。  私に妙に懐いてくる囚われの聖女、シエミナ。  そしてお顔が良すぎるイケメン勇者様。  さらわれて自由を満喫する聖女に、買ってでも悪名を広げる魔王とスカル宰相。  颯爽と現れるけど出会うとエンカウントしちゃう私と勇者様。  隕

          魔王の娘になりまして!

          第三話:転職の街へ行こう!

           ひどい目にあった魔王軍イケメン集会から三日。私はミナの部屋に呼ばれていた。  なんでも「私の部屋でお茶会しましょ!」とのことで最初は却下したのだが――。 「それなら、私の水晶玉で勇者様を眺めながらお茶会しましょう?」  という言葉にあっさりつられたのである。 「ミナ、入るよー」  ミナの部屋は相変わらずでかい。庭には馬もグリフォンもいる。  庭で動物? 魔物? と遊んでいたミナが笑顔でこちらにやってきた。 「ルナ様! いらっしゃいませ! 今日はふたりっきりでお茶会楽しみまし

          第三話:転職の街へ行こう!

          第二話:魔王軍イケメン大集会

          「んー、くぅくぅ……むにゃ、勇者様ー、えへへ……むにゃ……」  私は元女子高生、現魔王の娘? ルナマリア。  今は無駄にでかいけど寝心地のよいベッドで勇者様の幸せな夢を見ている。  ああ、勇者様尊い。どうか私を救い出して……あ、そんな、手を――。 「あん、ルナ様ってば大胆……!」  えっ!?!?  なんか声が勇者様と違う! なんだこの柔らかい感触は、夢、じゃない!?  私が驚いて目を開くと、私の隣にいつの間にかミナが横になっていた。 「うわぁぁぁぁ、ミナ! なんでここにいるの

          第二話:魔王軍イケメン大集会

          第一話:魔王の娘になりまして!

           身体が軽い、心地良い。まるで海の中を漂っているみたい。  すべてが溶け出して大きな何かとひとつになっていく不思議な感覚。  とっても幸せな時間、ずっと続けばいいのに――。  でも、起きなきゃ、学校、学校が……。 「はっ!? 学校! 遅刻!? って、アレ?」  目覚めた私はまったく知らない空間でベッドから身を起こしていた。  そもそもうちは布団だ、こんな大きなベッドなんてない。  天蓋までついている。ただ――。 「全部真っ黒……。ベッドも部屋も家具もぜんぶ……ここは、どこ? 

          第一話:魔王の娘になりまして!