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  3-⑩ 帰国

 午前11時・・・スマホからお気に入りの女性ダンスボーカルユニットの音楽が流れた。
 ベッドから起き上がり窓の外を見た。
湖面には激しい雨が打ちつけられていた
。風が猛烈な勢いで吹いており、この風では遊覧船ビアンカも欠航になるだろう
・・・アウトレットにも行きたかったけれど、今日はやめておくか。

「おはよう!」
「おはよう!翔馬君!よく眠れた?」
すみれがクロックムッシュと鶏ハムサラダ、フルーツヨーグルトにバナナとメロンのミックスジュースを用意していた。月曜日はすみれの休日である。

〝おお、クロックムッシュ!〟
大好物が、テーブルの上を主役のごとく占拠している姿に笑みを浮かべた。

「うん!ようやく疲れが抜けたかな?昨日は札幌暑かったからね!」翔馬は顔を洗い、すっきりとした表情で食卓についた。
「いただきます!」「いただきます!」

 未来は未だに成長期らしいが、翔馬の成長期は、競馬学校に入学してから2年で落ち着いた。
 毎週月曜日が、すみれ曰く1番豪華な食事・・・レースが近づくにつれて、カロリーバランスを調整、体重や体調を考慮した食事を作ってくれるすみれに、翔馬は心から感謝していた。

「翔馬君、昨日うなされていたね」
すみれの朝食は、大好物のレーズンバターサンドにヨーグルトとコーヒー。大好物があると、食事も簡単で便利なものである。

「やっぱり?声出したような気がしてたんだ。落馬をする夢見てさあ・・・」
「うわあ、気をつけなきゃだね!翔馬君
、3年前に大怪我してるから!それに、遠征もあるし!」

 騎手の夢で、1番見たくないのは落馬の夢。夢の中だと分かってはいても、いや
、これは現実ではないのか?思わず声が出てしまうのだ。決して気持ちの良いものではない。しかも、見たのはまたしても・・・。
 今度は馬に乗った未来が崖から落ちてゆく夢・・・2度も見るなんて笑い事ではない。

〝あいつ、誰かに恨まれているんじゃないだろうなあ?〟

 翔馬が〝いや、俺じゃなくて未来が・・
・〟と、言おうとしたその時、リビングの電話が着信を告げた。すみれが食卓を離れ、受話器を取った。

「翔馬君、朝日先生から電話だけれど、何か・・・」
「ん?」翔馬は首を捻り、受話器を受け取った。

「先生、おはようございます。昨日の出走馬に何かありましたか?」
 月曜日に調教師から連絡がある時は、
大体が馬の体調がおもわしくない等の連絡というのが相場と決まっている。

「先生?聞こえてますか?」
「・・・・・・ああ・・・聞こえているよ翔馬。実は先程連絡を受けたんやが・・・」   

 師の声は明らかに沈んでいた。

 翔馬は、耳を疑った。そんな事が起こるはずがない。何かの間違いではないのか?
 そうだ、これはフェイクニュースなのだ。

 翔馬は朝日師の声を待っていた。しかし・・・。
 沈黙が答えであるかのように、師はまるで声を失ったようであった。

 すみれは翔馬と一緒に暮らし始めてから、月曜日に電話を受けた事が何度かあった。多分この電話は、厩舎に所属する競走馬に何かがあったのだろう・・・その連絡を受けて悲しんでいるのだ。過去に何度かそのような事があったから。決まって彼は、淋しげな表情を見せるのだ。

 すみれにできる事は、ただ1つ。
〝翔馬君が悲しんでくれて、きっとその馬は喜んでくれていると思う。忘れてあげないことが1番の供養になると思う〟と、伝える事だけだ。そして、彼は頷くのだ。

 電話が終わるまでは、受話器を置くまでは干渉してはならない。大事な仕事の話なのだから。
 しかし・・・立ち尽くすだけの彼を見て
、明らかに様子がおかしいと気づいたすみれは意を決して声を掛けた。

「翔馬君?」

 翔馬は受話器を持って立ち尽くしていた。ただ呆然と。

 まるで、彼を呑み込まんとする漆黒の闇夜が訪れたかのような、そして一切抵抗する事なく闇夜に身を任せ、ただただ途方に暮れている迷い子のような彼を、すみれは優しく抱きしめた。


 雨は、一段と激しさを増していく。
その雨音に、深い悲しみをのせて・・・。


 彼の死は、衝撃のニュースとなって、全世界を駆け巡った。
 テレビもラジオもネットの世界も騒然となり、現実なのか?フェイクニュースではないのか?真偽のほどを確かめようとJRAには確認の電話が殺到した。

 やがて、その日がやってきた。
日本中が、その事故が現実である事を認めなくてはならない日が・・・。

 これは、世界中の人々が流す悲しみの涙であろうか・・・激しい雨が降りしきる8月下旬、午後20時・・・1人の若者が帰国した。

 彼は、静かに眠っていた。
 無言の帰国であった。

一体何が⁉︎

PS・・・いつもお目に留めていただき心より感謝申し上げます🥲🥹次回配信は11月11日土曜日午前8時です。彼に一体何が起こったのか⁉︎そして翔馬は⁉︎
 ではまた土曜日お会いしましょう🙏
感涙必至です😭😢是非、涙を😢😢

          AKIRARIKA

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