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音声燻製 #毎週ショートショートnote

36年前のカセットテープ。昭和63年に亡くなった祖母の御詠歌が録音されている。毎日念仏を唱えていた祖母はこれが実に巧かった。彼女が亡くなれば誰も唄えない。それなら録音し流せばいいではないかと言ったのは弟だ。不謹慎極まりないが当の祖母が承諾したのである。

亡くなってから3年ほどお盆に流しただけで誰もがこの存在を忘れていた。近年のカセットテープの再人気で俄に思い出したのである。探すと納戸の物置にカセットデッキと共にあった。干乾びたように見えるがデッキにかけると驚く事に動く。祖母の艶のある声。独特の節回しが耳に心地よい。私は最後まで聴いておかしな事に気づいた。27番はこのような歌である。

はるばると 登れば 書写の山おろし 松の響きも 御法みのりなるらむ

祖母の声が「みのり」の個所ですっぽり抜け落ちたように消えている。他の個所は全く問題ない。皆がおかしいねと言い合う中、母がそっと輪を外れた。名前を美乃里という。


(409文字)
たらはかに(田原にか)様の企画に参加させていただきました。