見出し画像

205号室 #SS

 県外から就職した私は会社の借り上げアパートに入居することになった。同時に入居する同期S子、および社宅担当者と一緒にそのアパートへ行った。S子は一階の101号室。1Rでユニットバス。ええ~と思うが文句は言えない。フローリングで窓が広く、まあまあ明るい雰囲気なのは喜ばねばならない。

 次いで二階へ。205号室が私の部屋だ。扉を開ける。……瞬間、もやっとした空気が前面から被さってきた。なんだか埃っぽい。それに心なしか部屋が暗い。101号室と同じ間取りなのに。いやな予感がする。

「部屋、暗くないですか?」
「そうですか? 点検済んでますし、問題はないと思いますけど……」
「さっきと変わらないと思うけど、私の部屋と変わる? 私二階の方がいいし」
「部屋交換は駄目なんですよ。それぞれの名前で契約しちゃってるから。ごめんね」

 担当者に言われると、新人の私達は引き下がるしかない。引っ越しを済ませ、布団に潜った。さらさらさら……何かが降ってくる音がする。何、雨? 起きて窓を開けるが、何も降っていない。再び布団に潜るが、さらさらさら……やはり、間断なく何かが降る音がする。気になるが、疲れていたので眠ってしまった。

 翌朝。起きた途端、異変に気付いた。かすかに変な臭いがする。鰹節のような。すぐ窓を開け、空気を入れ替えた。何なの、気持ち悪い……。この現象が毎日続くので一人では怖い。S子に泊まりにきてもらった。しかし妙な現象は起こらないという。私には音と臭いが感じられるのに。

 それでも新人の身、担当者に言えない。気味が悪いだけで別段不便ではないので仕方なくそのまま過ごしていたが、ある日テレビで火事対策として風呂場に水を張っておく知恵を紹介していた。いつもシャワーのみでバスは使わないが、知恵に従い常時、水を貯めておくようにした。

 翌朝。洗顔の際にバスを見ると、表面に膜が張られておりどんよりとしている。大人数で入浴した後の、垢が浮いた湯のような。……昨日寝る前はきれいだったのに。水を流しバスを掃除したのに、翌朝もだ。

 怖い。もう我慢できない。私は担当者に相談し、文句を言われたが、許可を得て会社が契約している別のアパートに引っ越した。同じアパートの空き部屋は嫌だったのだ。建物自体が怖いから。

 二十年以上も前の話で、当時は大島てるみたいな事故物件情報サイトなんて無かった。今調べたらアパートは無くなり駐車場になっている。



この記事が参加している募集

ホラー小説が好き