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ビールで気絶 #NHK俳句季節往来

 東京への出張帰り、ひかり車内でビール缶を開けた。出張会議中、急の異動が決まった。同じ岡山県内の別部署で、車で一時間ほど離れている。一緒に来た上司ともその日が最後であった。
 席を立ち、トイレに向かう途中で意識が途切れた。気がつくと静岡駅のベンチに寝かされていた。通路で気を失い、上司が引きずって外に出してくれたのだった。「急に倒れるんやもん、びっくりしたがー」。
 口が悪くて不愛想で、正直苦手な人だった。私と一緒に途中下車せざるを得ず、ものすごく迷惑をかけたと心苦しい反面、優しくしてもらったのが嬉しかった。それと、新幹線内は酔いが早く回るのだと身に沁みて学んだ。

叱られて褒められてほら缶ビール



NHK俳句には、「季節往来」という読者のお便りコーナーがあります。
その月のテーマに沿った300字程度のエッセイに、それに合う俳句を添え、題名も自分でつけます。今月7月号「ビール」に掲載いただきました。スタッフ様ありがとうございます!

人間気絶しますとですね、本当に記憶が飛ぶんですよ。急に意識がとぎれて、気がついたら静岡駅のベンチだった。そのあいだの記憶がまったくないんです。新幹線の硬い床に意識がないから受け身なしで身体をぶつけたのに、痛かった記憶がない。上司に身体ひっぱられてた感覚もまったくない。あれは、ふしぎなものでした。

気絶に関して興味ぶかい話があります。大学時代、同じ研究室にいたSさん。もともとは一学年上だったのが留年して私たちと同期になった人でした。彼は、頭はいいのです。研究でなにか問題が発生したときに彼のアイデアで突破口がひらかれる、ということがよくありました。ようするに地頭がいいタイプです。

なのになぜ留年したのか。Sさんは関東の人間なのですが、後ろにきょうだい二人が大学受験を控えており何かと金がかかる。ゆえに仕送りを減らされ、学費を稼ぐために塾講師のバイトに精を出しているうちに単位がおろそかになったらしい。だから「頭はいいのに生き方が下手な人」と不名誉な呼ばれ方をされていました。

Sさんとしゃべっていて「気絶したことがあるか」という話になりました。私はそれまで気絶の経験がありませんでした。子供のころ地元の体育大会で急斜面から落ちて頭をケガした時も泣き叫んではいたけど気絶まではいかなかった。ドラマや映画ではみるけど、一瞬で気を失うってほんとに~?どういう感じなんだろうと疑問に思っていたのです。就職後に経験するわけですが・・・

するとSさんは「あるよ」と。他大学に彼女がいるにもかかわらず、彼は塾の生徒(女子高生)と浮気していました。なぜ私が知っているのかといいますとSさんみずから自慢げに教えてくれたからです。今なら、女子高生が18歳未満なら青少年健全育成条例で処罰されるかもですね・・・

ちなみにSさんは、ひどい言い方ですが美男でもなんでもありません。芸能人にたとえると有吉弘行みたいなかわいらしい面相をしています。そして、いつも女子と気軽にしゃべっていて、女子が悩み相談しやすい雰囲気をはなっている。本当はひとつ上のお兄さんだし、留年して「人生経験豊富」みたいにみえるし、相談したらなにかすごい答えを出してくれそうな感じがする。・・・ということなのでしょう。断言しますが他の要素がどうであれ女子の相談によく乗る男は、モテます。

女子高生と浮気ときいて私がえぇ~という顔をするとSさんは「塾講師なんてみんな生徒とつきあってるんやで」と言います。いま読んでくださっている塾講師さん、ごめんなさい。これはSさんが自分を正当化するために言ったものに違いなく、もちろん私は信じていません。

その子にフラれた。塾の、人目につかない階段の踊り場のところで。ショックでSさんはその場で気を失い、床に倒れ、気がついたら夕方であたりは薄暗くなっていて女子高生は立ち去ってていなかった、とのこと。

Sさんいわく、
「人間、本当にショックを受けたら気絶するもんなんやで」
だそうですよ。


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