界のカケラ 〜110〜

 ポットのお湯が少なかったが、どうにか一人分くらいはあった。ここまでの流れを切らさずに、真相を聞けるチャンスが続いていたことに安堵した。普段ならティーバッグのものを入れるのだが、今回は来客用に買っておいた茶葉を用意した。専用のポットに茶葉を入れてお湯を注いでいる時間が長く感じているのは、私の気が早っていることを感じさせるには十分だった。

 しかし私はここで思いがけないミスを冒してしまった。

 お茶といえば湯呑みか取手つきのカップに入れるものだが、気が早っていたがために間違えてティーカップにお茶を入れてしまった。あまりにもミスマッチすぎて顔が火照ってしまった。普段の私を知っている人なら笑って流してくれるだろうが、初対面の人には常識がない人だと思われてしまう。さらに悪いことに、それに気づいたのが持って行こうとしていた時だったために、完全に相手に見られていた。

「あ! すみません! 
 間違えてティーカップにお茶を注いでしまいました。急いで移し替えますね」

「ふふ……
 いいですよ。そのティーカップで。移し替える手間を煩わせてはいけませんから」

「ですが……」

「お構いなく。ここには私たちしかいませんしね」

「すみません。話を早く伺いたくて、気が早ってしまいました」

 言葉に甘えて、テーブルにお茶の入ったティーカップを静かに出した。中身は来客用の少し高めのお茶なので味は文句なく美味しい。きっと気に入ってくれて話もしやすいだろう。

「このお茶、香りが立っていて、味も濃厚で美味しいですね」

「はい! 来客用に用意しているお取り寄せの茶葉なんです。角国の首脳が集まった某サミットでも出されたものです」

「そんなたいそうな物をいただけて嬉しいです。ありがとうございます」

「どういたしまして」

 最高級の煎茶を喜んでくれた様子が声の調子からも分かる。入院中は使わないかもしれないけれど念のために同僚に頼んで買ってもらって良かった。

「それで…… 四条先生が伺いたいこととは何でしょうか?」

「はい。本当なら思い出したくないことなのでしょうが……
 楓さんを発見した時のことを伺いたいのです」

「それはどうしてですか?」

「私が治療した時、首を深く切ったと言う割には容体が良すぎたんです。だからそれがなぜだか知りたかったからです」

「それは私がやったんじゃないかと疑っているのですか?」

「いえ、疑っていません。傷の角度の深さや長さ、刃物が入る角度を観れば自分でやったのは一目瞭然です」

「それでは何が聞きたいのですか?」

「どうやって楓さんを早く発見したかです。楓さんは自宅で自殺を図っていました。でも自宅で自殺をしようとしたら、邪魔されないように窓やドアの鍵を閉めようとするのが自然です。

 楓さん、そのときのことは覚えていますか?」

「はい。今言われたとおり窓の鍵も玄関のドアも鍵を閉めました。玄関はチェーンもつけていました」

「自宅の合鍵は義理のお母さんに預けていましたか?」

「いえ。鍵は私だけです。主人が使っていたものは亡くなった後に私が保管しています」

「お義母さんは持っていませんよね?」

「はい」

「ということは、簡単には部屋に入れないことになります。チェーンをかけていたならばなおさら切る道具が必要になりますし。その間に救急車を呼ぶことは出来ますが、その間は出血しているのでもっと体から血が失われているので、家か搬送中に出血多量で意識を失っているはず。
 
 でも私が治療しようとした時、意識はかろうじて残っていた。そのことから考えると普通では考えられないことが起きていたとしか言えないのです」

 二人に向かってまくしたてるかのように、私が思っていることを率直に伝えた。 
 
「それは私も不思議に思っていたのです。でもお義母さんに聞いても話してくれないんです」

 やはり彼女も不思議に思っていたようだ。密室の状態で自殺を図ったのに命を落とすような重篤な状態でないなら、そう思っていてもおかしくない。

 ただそれだけで義母が状況を話さないのは、何かおかしい。

 あの時、何が起きて、どう助けに入ったのか。その話をしてもらえるかどうかで、謎が解けていくだろう。私は何としても聞き出したかった。

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