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一緒に、帰ろう

小学校の時、ひでお、という友人がいた
ひでおは学校の裏山の団地に住んでいた

狭い敷地に緑色の屋根の平屋が
何軒か並んでいて
そこに、歳の離れた姉2人と
3人で暮らしていた

当時、ひでおには
どうして親がいないのか
ひでお自身に聞いたかもしれないし
聞かなかったかもしれない

なぜかは知らないが
ひでおには、親がいなかった

そして
ひでおは、すごく太っていた

体育の徒競走が大嫌いで
何かにつけて
デブだノロマだと
ヤンチャなクラスメイトに
イジられていた

いや、あれはイジりじゃない

虐めだ

すると、ひでおはすぐ泣いた

俺は、その虐めを止めることなく
タイミングを見計らって
ひでおに嫌われないよう
仲の良いフリをした

虐めは、感染病だから
感染したヤツに近づくと
俺まで感染者になる

俺は、感染者になるわけには
いかなかったのだ

ある日、俺の母親が
最近、ひでおくん遊びに来ないのね
あんなにゲーム好きだったのに
ケンカしたの?
と、何気ない思いつきのように尋ねてきた

ケ、ケンカしてないよ

俺は、この時、言い訳を覚えた
喧嘩をしてないのは、嘘ではない

もっと酷いことをしている
という罪悪感を感じながら

3年生の秋ぐち
ついに俺は、感染した

俺の些細な態度が気に食わなかったのか
ひでおと仲良しだったことがバレたのか

クラスメイト全員から無視されたり
聞こえるくらいの声で悪口も言われた

日直当番で黒板消しをクリーナーにかけると
音が出るので注目を浴びてしまう
先生に指名され、本を読むと
声が響くのでまた注目を浴びてしまう

俺が注目されるたびに
クラスメイトはヒソヒソと
悪口を言ってあざ笑っていた

担任も知っていたはずだ
あれだけ大っぴらに
虐めが横行していたのだから
気づかないわけがない

だが、担任に助けてもらおうなんて
微塵も思わなかった

恥ずかしい
親にバレるのは絶対避けたかった

だから、テストも満点を取らない
徒競走も一生懸命のように手を抜く
バスケットはわざとゴールを外す

とにかく目立たないこと
存在を消すことを最優先にした

そんな暮らしをしていたから
行き場を失った俺は
教室の後ろの隅の窓際に立って
グラウンドを眺めることしか
できなくなっていた

そこすら不安定で
この教室に俺が安全な場所など
どこにもなかった

隠れても隠れても
ヤツらは俺を見つける

背中にものが飛んでくるが
それが何なのかを
確認する勇気すら

俺には、なかった

そんなある日
誰にも相手にされない俺の横に
のっそりとひでおが来た

一緒に、帰ろうか

肉で圧迫された目が
笑顔になるともっと細くなる
もはや目玉が見えていない

ひでおのひと言は
今でも忘れることはない
人生でいちばん嬉しい声がけだった

存在しないと決めたのに
存在を認めてもらえたようで
なくならなくてよかった、と思えた

それなのに

俺は、ひとりで帰る

と言って、ひでおの優しさを突っぱねた

どうして
分からない

分からない
あんなに嬉しかったのに
受け止めることができなかったのは
どうして

分からない

あれから、ひでおとは話すこともなくなり
虐めは次の感染者にその矛先を向けた

かと言って、カースト制度は健在で
オマエなんかいつでも虐めるぞ的な立場で
毎日に怯えて暮らしていた

だから、この時期の記憶がない

翌年の春、ひでおは姉の結婚とともに
どこかへ転校していった

今なら

今なら分かる

いちばん大切にすべきはひでおで
ひでおが1番の勇者だった

今なら

あの日一緒に帰ろうと
素直に言えるだろう

今さら

そんな大口を叩いても
あの日傷ついたであろうひでおに
詫びることはできない

勇気のかけらもない
いじめられっ子の俺なのだから

だから

少しでも前向きになるために
当時の俺とひでおの思いを
大切にできないかな、と

ある日、ふと考えついた
それまでのいじけた生き方に
飽きたんだと思う

あの虐められた日を思い出すと

シワ深くまぶたを強く瞑り
首を横に振って
思い出すのが嫌で
何度も震えた体を必死に摩った

だから見ないふりして
いじけて生きてきたのだ

大人になった今なら
もう虐めを受けることもないし
反対にやっつけてやれる自信がある

辛いのは、記憶の中の自分だった

経験は何ひとつ無駄がない
というのなら
この経験も別の形で自分の糧にできるはず

そう思えるようになった頃から
記憶を直視できるようになった

いつしか他人におべっか使わなくなったし
自分がおかしいと思ったことを
積極的に口にするようになった
人からわざと嫌われようとはしないが
嫌われたのなら仕方がないな
と思えるようにもなった

こうやってnoteに虐められた過去を
公表することもできている

でも、そうなれたのには

あの日、ひでおが
声をかけてくれたからだ

一緒に、帰ろう

この言葉が、強くなれるキッカケを
残してくれたんだと思う

今では、楽しみすら感じている

いつかどこかで
ひでおに出会った時

一緒に、帰ろう

と言えるように準備してるからだ

一緒に、帰ろう

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