見出し画像

ラチ子とウサミの大冒険

人と人の関わりは
良い人か、悪い人かではなく
自分と合っている人か
合わない人なのか

それでしかない

俺はそう思っている

なので

え?あんな人と関わりあんの?
とか
やめなよ、あいつヤバいよ
みたいなことを言われるような人と
付き合いが続くこともままある

そのくらいの方が
楽しい時だって、あるのだ

確かに、ゆみちゃんはヤバいヤツだ
俺的分類で言ったら
サイコサスペンスの主役級

でも、人のものを奪ったりしないし
嘘もつかないから
楽しくやってゆけるのだ

この時期になると、思いだす
彼女の名前は、ゆみちゃん


ゆみちゃん:
ねぇ、山ちゃん
ラチ子にも、ビール飲ましてあげて

50後半のおばさんが
ラチ子にビールを飲ませるよう
俺に要求してきた

山ちゃん:
ん?あー、はいはい
はいラチ子、グビっとひと口

俺は何もなかったように
ラチ子にグラスを近づけ
飲ませるような仕草をした

飲んだような仕草?

ええ、もちろん

だって、テーブルの上のラチ子とは
ゆみちゃんが動かしている
小汚い猫のぬいぐるみのことなのだから

深緑の風呂敷をかぶった
猫なのかも怪しい
そのぬいぐるみは、ラチ子と呼ばれていた

ここは札幌から車で1時間半
山奥にあるハンドメイドの友人宅
家主が仲間4人に声かけて
1泊で飯会をしようと言い出したのだ

その仲間の1人が、俺で
もう1人が、ゆみちゃんとなる

ゆみちゃんとは
知り合って3年くらい経っていた
出会って早々に
俺を弟3号にしてあげる、と言われ
非常に不快だったので
しっかりお断りしたが
俺の言葉など聞く耳を持たなかったのだろう
普通に弟役を演じさせられてしまっている

ゆみちゃんには
類を見ない不気味さがあり
アメッた髪の毛は
家主いわく、洗髪していない、と言っていた
(洗髪苦手な人に異常者の確率高いです)

よく旦那は何も言わないな
と、みんなで首を傾げたものだった

また、ゆみちゃんは
怒りのコントロールが不能で
嫌なことがあると
即、Facebookでほぼ人物が
特定できるレベルで、晒すのだった

こんなだから
我々のコミュニティに入ってきた時は
すぐに話題になって
あっという間に
誰も近づかなくなってしまった

だが、先ほども言った通り
俺はけっこう面白がれた

そうでないと
小汚い猫のぬいぐるみなんぞに
ビールを飲ませるプレイなんか
できるわけがないのだ

山ちゃん:
ラチ子、美味しいって言ってるよ

ゆみちゃん:
え?ラチ子はそんな言い方しないわよ
うめぇな、もうひと口飲ませろ
って言ってるわ

山ちゃん:
す、凄いね

さすがにこれ以上の深入りは危険だと思い
グラスのビールを飲み干した

ゆみちゃん:
ラチ子の分、飲まれちゃったね

還暦前のおばさんが
ぬいぐるみに話しかけている様は
異世界に迷い込んだも同然だ

ここはロードオブザリングに違いない

おたる水族館は
今まで行った水族館の中で
ダントツで荒々しい


翌日の朝

俺は8時ころに起きて
泊まった部屋からリビングに向かった
何かと、家中寒かった

ハンドメイドとは思えない
カントリーハウス調の家は
縦長で客間が2つあり
俺ともう1人の男の友人が部屋を使って
後の女性3人は
リビングに布団を敷いて
川の字で寝たらしい

修学旅行みたいで
楽しかったようだ

リビングは傾斜のある屋根で
窓に向かって低くなる

その窓から
朝日が目いっぱい差し込めていた

ちょうど俺がリビングのドアを開くと
目の前がその朝日の窓で
眩しい日差しに照らされた

その日差しの中
誰かのシルエットが見える

目が慣れるまもなく
おはよう、とシルエットはあいさつをしてきた

ゆみちゃんだ

おはようと返事を返した頃には
少しだけ目が慣れて
その全貌があらわとなった

淡い花柄のガーゼ生地のようなパジャマ姿で
手足が細長いウサギのぬいぐるみの
首のところを肘で抱え
まるでウサギが首吊りしたように
だるんと、力なく首を傾げていた

言葉を失った俺は
90度向きを変え
オープンキッチンに入った

コーヒーだコーヒー
朝はコーヒーで夢から現実に戻るんだ
思い切り濃いやつを淹れよう

ゆみちゃんは、必要に俺を追ってきて
くたんとなったウサギのぬいぐるみを差し出し

ウサミに、まだ挨拶してない

と、言ってきた

俺としたことが、不覚だった

ウサギのぬいぐるみ、ウサミが
どこにいたのか昨日、気づかなかった
ラチ子は、彼女の車の助手席で
シートベルトに縛りつけられていたので
すぐに気づけたが

まさか、ぬいぐるみの二段構えだったとは

ぬいぐるみプレイの世界に
無抵抗で引き込まれてゆく俺を
誰ひとりとして止めようとはしない

そりゃそうだ

犠牲者、生贄、スケープゴート
なんでもいいが、全員身の保身に走ったのだ

だから俺は言った

ウサミ、おはよう

時々、旅先で
鳩使いに出会うことがある


この集まりは
午前中に解散になりそうだったが
海沿いの植物園みたいなカフェに行こう
という話になった

車は、家主のハッチバック
俺のポンコツ、友人のSUV
そして、ゆみちゃんの軽自動車だ

ラッキーなことに
ゆみちゃんは、車の遠出が初めてで
帰りは遅くならないうちに、と
カフェには寄らず
そのまま帰宅すると言い出してくれたのだ

朝日とともに、神が降臨したようだ

心なしか、友人たちが残念がってる
ような雰囲気を察した

植物園のようなカフェで
ゆみちゃんと俺の
ぬいぐるみプレイを見たかったのだろう

なので、俺はまだ時間が早かったが
早め早めに手を打った

ゆみちゃん残念、また今度ね

心変わりしないうちに、解散しようとした

帰りの道は、田舎の一本道で
延々と1車線が続く

車は、ゆみちゃんが先頭で
次に家主のハッチバック
そして俺が続き、最後はSUVの順だった

俺たち以外走っていないこの道を
先頭のゆみちゃんは35キロで進んだ

カーブのたびにブレーキランプが光り
20キロになる
このまま峠に入ったら
着く頃にはカフェが閉まっているだろう

ゆみちゃん以外
誰もがそう思ったはずだ

きっと、ラチ子とウサミも
俺たちと同意見だったハズだ

そして

なだらかな下り道にさしかかった時
家主のハッチバックが
ゆみちゃんの軽自動車に追い越しをかけた

すると、俺が続き
SUVも続く

当たり前だ

カフェの場所を知ってるのは家主のみ
見失ったら面倒なことになる
それはゆみちゃんも知っていたはずだ

あっという間に
ゆみちゃんの軽自動車は
バックミラーの木枯らしの中へ
溶けてなくなった

さようなら、ゆみちゃん
安全運転でお帰りください

そうして、カフェで遅めのランチを終え
ゆみちゃん話に花を咲かせて
小一時間で解散した

その夜、俺は風呂上がりに
Facebookを開くと
ゆみちゃんの投稿にコメントが集中していた

Facebookは、投稿者の記事にコメントが入ると
繋がっている人たちのニュースフィードの
最新に繰り上がる仕組みなので
誰かのコメントが入るたびに
何度でも記事が1番最初に繰り上がってくる

ゆみちゃんの投稿は
見事に我々の1番を独占していたのだった

ゆみちゃんの投稿:
わたしは今日、制限速度内で走っていたのに
仲間の車が次々とわたしを抜かして
あっという間にわたしだけ置き去りになりました
明らかにスピード違反だし
社会人としていかがなものかと思いました

みたいな、もうちょっと長く
怨怨とした内容だった思う
要は、抜かされて置いてきぼりになったことが
気に食わなかったというものだ

俺がFacebookを見る前に
すでに家主が謝罪コメントを出していて
それに付随して
この内容で友人を
タグ付けするのははいかがなものか、とか
せめてグループ制限すべきだ、とかとか
戒めコメントも散見しはじめており

プチカオス状態

ますます怒りに満ち満ちている
ゆみちゃんが目に浮かんだ

そろそろコメント欄も落ち着いたかな
というあたりで俺は

ラチ子とウサミに会えて、嬉しかったです

と、コメントを入れてみた

その後日、怒りがおさまったのか
LINEで、ラチ子の画像が送られてきたのだった

ある日、ゴミ捨て場に捨てられたのを拾ったので
ひろい猫なの、と言っていた
野良設定というあたりも、キャラが確立している


そのあとすぐ、コロナが大爆発し
事あるごとに
ゆみちゃんのお誘いを断ることができたのは

本当にラッキーとしか言いようがない
コロナ様々だ

もちろん、俺はゆみちゃんとは合うので
SNSで今でも仲良し

この記事、見てくれないかな
ちょっと怖いけど
反応を見てみたい気もする

と、思うくらいなのだ

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?