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仕事が出来ない③

私がその人と初めて出会ったのは中学2年生の頃で、3歳上の姉が進路相談で悩んでいる時だった。
「弟君?」透き通った声とどこか心を落ち着かせる表情の持ち主は私の方を見ていた。どうやら彼は学校の先生で姉のこれからの進路についてテーブルを挟み母親と姉の3人で話しているらしい。「はい、生意気なやつですよ」先程とは違う明るいトーンで姉が微笑む。
これからの人生の分岐にもなりうる重大なイベントが目の前で起きていた事に気付いたのはまだ先だった。
「元気ですか?」再び目の前であの日と同じ光景が繰り出される。私の担任だったわけではない。母は姉がお世話になったからと教職を既に辞めた彼に連絡をしてくれていたのだ。「やりたい事が見つからないんです」率直に今の心のままを吐き出した。
現状と胸の内を話した後でも彼の表情は何一つ変わらなかった。
「子供が好きで職を探しているなら放課後デイサービスをおすすめします」
初耳だ。桜田さんは淡々と仕事の内容について説明していく。
脳や身体にハンデを持った子供達の支援施設のようだ。そこのスタッフとして働いてみたらどうかと問われている。その場で答えは出さなかったが、興味を持った私は携帯で情報を集め、次の月には面接を予定していた。幸い学童保育で3年アルバイトをしていた私は児童指導員という資格を持っていた。
焦燥感や不安が少しずつ消えていく、心の奥に燻る熱が呼び戻されていく。ついに「やりたい事」の輪郭が明瞭化され人生の分岐点であるスタートラインに立てるのだ。
前日は期待と興奮であまり寝れなかった。まるで無邪気に遊ぶいつかの子供の様に。
ベストコンディションとは言い難い体で面接へ挑む。不安はない。何を聞かれたとしてもありのままの自分を話せば良い、その為の3年間だったろう。自分に言い聞かせる。
着いた教室は一見老朽化が進んでおり、なんとなく寂しげな建物だった。
初老ぐらいだろうか、大阪のイメージが染み込んだ女性が出迎えてくれた。この教室の管理者のようだ。奥に進む道中で子供達と目が合う。
学童保育の時とは違う、まるで大人を信用していない冷たい目だった。
「子供は好きですか?」
大人の悪い癖だ。言葉の裏の裏まで考える。
「はい、好きです」
質問された刹那、様々な回答が頭の中を駆け巡る。結果変哲もない素の言葉が喉から出た。
「そうですか」
教室の管理者は微笑み、無事に面接は終わった。
採用だった。後日連絡があり一先ずほっとした反面あの質問が脳裏を掠める。
あの問いにも様々な意味があったに違いない、表情からは読み取れない言葉の意味を模索していく内に私は疲労感と期待で眠りに落ちた。

これから仕事が始まる訳だが、私がまるで底が見えない暗闇を目の当たりにするのはそう遠い話ではなかった。
また近いうちに続きは書いていこうと思う

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