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マイナー・ペンタ規制法

「こんにちは青井明です。まずこのニュースから……」テレビのキャスターが言った。

「今年から施行された、通称マイナー・ペンタ規制法関連のニュースです。昨夜10時過ぎ、東京都武蔵野市吉祥寺のライブハウスで、法律で定められた1コーラスの上限を超えてマイナー・ペンタのみでソロを演奏したとして逮捕された、自称弁護士のますだただし容疑者は……」

くだらねえ。俺はそういうと、テレビを消して食卓から立ち上がった。

「いやだわねー。マイナー・ペンタって、乱用すると凶暴な音楽ばかり弾くようになって、脳にも悪い影響があるんですってね」と母が言う。

「んなばかな。音楽をスケールだけで語れるわけがないじゃないか。ジャズ系ミュージシャンが歳とって政治に首突っ込んで、ロビイストをやとってロックをいじめにかかってるんだ。ジャズの奴らが弾く調子っぱずれなスケールの方がよっぽど脳に悪いぜ」

「いくお。まさかあなたまだ昔のロック友達と隠れてセッションなんて危険な遊びをやってるんじゃないでしょうね?」母が声高に言う。

「もし捕まったらローディーとして3年間も強制労働させられるのよ。もうすぐメジャー・ペンタも規制対象になるだろうって友達も言ってたわ。」妹まで口を挟んできた。余計なことを……

「よしてくれよ。もう俺は音楽からは足を洗ったんだ」

「本当に?それならいいけど……」

その時ドアフォンが鳴った。

「はい?」

「○○署の者です。いくおさんはご在宅でしょうか?」

母が玄関のドアを開けると刑事とおぼしき男が入ってきた。

「あなたの昨日のギター演奏が、マイナー・ペンタトニック・スケール演奏等規制法違反の疑いがあるとの通報がありまして。署までご同行いただけますか?」

「昨日って、私はずっと家にいましたよ」

「ご自分の部屋でカラオケに合わせて練習しておられたソロが5コーラスにもわたってマイナー・ペンタのみで弾かれていたとの報告を受けています。音声データの提供も受けています。」

しまった。顔から血の気が引いていくのが自分でわかる。

隣のあのジャズ好きのオヤジのたれこみに違いない。俺は思った。いつも俺を敵視するような目つきでこっち見やがって。部屋を閉め切って、アンプのボリュームは極力小さくしたのだが、やはりヘッドフォンをつけるべきだったか。一度弾き始めると没頭してしまう。悪いくせだ……

母が恐怖に満ちあふれた顔で俺を見つめている……


好きな音楽を紹介したり、演奏したり、音楽をテーマにした笑えるショートフィクションを書いています。ジャムセッションが好きなので、そのネタが多いです。