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「南海トラフ地震臨時情報」の滑稽さ~大本営発表に振り回される日本人たち

 長崎の「原爆の日」のことも、都知事選の総括も書きたいのだが、なかなか筆が進まない。まずはこれだけは書いておかねばと思った。8月8日に日向灘を震源とするM7.1の地震が発生し、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表した。

「臨時情報」は壮大な空振りに

https://www.jma.go.jp/jma/press/2408/08e/202408081945.html

 残念ながら…いや、幸いにも今回の「南海トラフ地震臨時情報」は壮大な空振りになることは間違いない。明日から一斉に帰省ラッシュが始まると思うが、帰省を控える必要などまったくない。南海トラフ沿いの沿岸にいれば地震が発生した際の避難経路を確認したうえで観光をしっかり楽しめばいい。逆に、この「南海トラフ地震臨時情報」がなかったとしても、その対応に違いはない。「南海トラフ地震臨時情報」が出なくても、この地域にはM8クラスの地震が発生する可能性がある。つまり、この情報にはほとんど意味がない。

 「南海トラフ地震臨時情報」をおさらいしておこう。

https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/rinji/index3.html

 難しいことは省く。今回発表された「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」は、「南海トラフ沿いの想定震源域内のプレート境界においてM7.0以上の地震が発生したと評価した場合」に発表される。注意したいのは、この場合のマグニチュードはモーメントマグニチュードで、気象庁が発表するマグニチュードとは異なる。今回、日向灘の地震は気象庁Mなら7.1だが、モーメントマグニチュードは7.0となる。両者がどう違うのかはとりあえず横に置いておく。

 つまり、モーメントマグニチュード7.0以上なら気象庁は機械的に「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表する。

 では、なぜ巨大地震を「注意」しなければならないというのか。

https://www.jma.go.jp/jma/press/2408/08e/202408081945.html

 気象庁はこう説明している。世界でMw7.0以上の地震発生後、7日以内にMw8クラス以上の大規模地震が発生するのは、数百回に1回程度だと。つまり、南海トラフで発生した地震とは関係なく、一般的に世界ではこうだと言っているのである。

 これ自体に異論はない。東日本大震災の直前にも東北では大きな地震が発生しており、前兆だと言われている。熊本地震ではM7の地震が2回発生して、多くの家屋が倒壊した。

 しかし、Mw7.0以上の地震発生後にわざわざ「地震臨時情報」が出るのは、南海トラフで発生した時に限定される。これはおかしい。

 確かに南海トラフで地震の連動を想起するのは不思議なことではない。このエリアでは、南海、東南海、東海の3大地震が繰り返し発生し、時に2~3の地震が連動してきた。下記の資料にあるように、32時間後や2年後に別の震源域が動いたこともある。南海、東南海、東海がそれぞれ単独で発生することがむしろまれなのである。

 しかし、資料左の過去の発生状況を見ていただきたい。 

https://www.jma.go.jp/jma/press/2408/08e/202408081945.html

 「日向灘」と「南海・東南海・東海」が連動した例は一つも確認されていない。1707年の宝永地震のみ、「日向灘」が点線になっていて、4つが連動したのではないかという「説」がある。これも正直、よくわかっていない。

 東日本大震災が発生し、常に最悪を想定するというのが災害対策の基本となりつつある。それは正しい。

 だが、南海トラフに関して言えば、最悪に振り子を振りきった余り無茶な想定をしていると思われる節がある。それが、この「日向灘」である。

 私は地震学者でもないから、これは素人の見解として読んでいただきたいが、少なくとも私は「南海・東南海・東海地震」の震源域を日向灘まで伸ばすエビデンスを聞いたことがない。むしろ、南海トラフ沿いの地震の想定をM9に設定するには、日向灘が必要不可欠だったというだけなのではないか。科学は絶対ではないから、歴史的に確認されていないというだけで「南海・東南海・東海」と「日向灘」が連動しないと言い切ることはできない。だが、エビデンスのない物語に現代社会が振り回されていていいのか。東日本大震災がM9クラスだったから、南海トラフでもM9にしたかっただけではないのか。

 私はそんな邪推をしているのだ。

 だから、専門家たちは一様に懐疑的だ。

 金田氏は、今回の地震が南海トラフ巨大地震を直接的に誘発する可能性は低いとしながらも「関係なく起こっているわけでなく、切迫度が高まっている一つの証拠。南海トラフ巨大地震が本丸だとすると、徐々に外堀が埋まりつつある状況だと思う」と話した。
 一方、静岡大の石川有三・客員教授(地震学)は「震源の場所や深さから見てプレート境界で起きた海溝型地震と考えられる。日向灘では1968年にもM7・5の地震があり、今回の規模の地震はまれなものではない」と分析した。
 南海トラフ巨大地震との関連については「個人的には日向灘で起きる地震と南海トラフの地震は別の現象と考えているが、想定震源域に近いため影響がないわけではない。ただ、日向灘の地震から南海トラフに地震が連動した過去の事例はない」とした。

https://mainichi.jp/articles/20240808/k00/00m/040/297000c

 それでも、地震臨時情報は出ている。そう決まっているからだ。

「東海地震」で挫折した日本の地震学

 なぜ、こんなあいまいな情報をわざわざ南海トラフに限って出すのだろうか。それは過去における日本の地震予知の挫折の結果なのだ。

 「東海地震」という想定地震を覚えてらっしゃるだろうか。おそらく私のようなおじさん以上が、記憶に残っているのではないか。遠州灘中部から駿河湾にかけた駿河トラフ(南海トラフの東端)を震源として、将来起こり得るであろう大地震だと言われていた。「南海」「東南海」「東海」の3震源域はそれぞれが連動して、繰り返し起きている。ところが、「南海」「東南海」は1940年代に互いに2年の間隔で発生し、「東海」の震源域だけが動かずに残っていた。「東海」だけプレートのひずみが蓄積していて、近い将来、ひずみが解消されると考えられていた。

 1978年に政府は「大規模地震対策特別措置法」を制定。静岡県を中心とした「地震防災対策強化地域」を設定し、観測体制を強化。地震が起きる前に異常を「予知」し、「警戒宣言」を出すという壮大な地震対策を行ったのだ。ところが、いつまで経っても東海地震は発生しなかった。それどころか、1995年の阪神・淡路大震災を皮切りに、全国でM7クラスの地震が次々と発生し、2011年にはついに東日本大震災の発生に至った。いずれも想定外。日本の地震学は敗北したのである。

 予知を前提とした日本の地震学が根本的に間違っていたのだ。

 しかし、地震学者たちは予知をやめられなかった(というのが実情のようだ)。政府はこそこそと特別措置法を改正し、予知行政から転換するのかと思われたが、「臨時情報」などという予知だかなんだかわからない情報を出して、東海地震の「警戒宣言」のようなことをやろうとしたのだ。

 前述したように、日向灘と「南海・東南海・東海」が連動した例など過去に確認されていない。本当に連動すれば、まさに「想定外」である。そんな大穴を狙うギャンブルみたいな大本営発表に日本の社会全体が振り回されているのである。いったい、なんの冗談かと思う。

 むしろ、南海トラフとは関係ない震源で大きな地震が起きる可能性の方がはるかに高いのではないか。これまでの例から言っても、南海トラフ地震は何の前触れもなく起きる可能性の方が高い。

 南海トラフ地震評価検討会の会長、平田直東京大名誉教授は8日夜の記者会見でこう語っている。

 この情報が出る前の平常時もいつ地震が起きても不思議ではなくて、普段から申し上げていることは、大きな地震は何の前触れもなく起きることのほうが多いです。ほとんどがそうです。十中八九何の前触れもなく起きます、南海トラフでは。しかし、いくつかのこと、ここでいうとM7くらいの地震が起きると普段より数倍、起きる可能性は高くなり、もしもM8以上になると普段よりも数十倍高くなると考えられていますから、平常時よりも高くなる。でもそれは基本的に、平常時はそもそも高いということと、それから、そういう現象が起きたからといって必ず1週間後に起きるわけではないと。ということが、難しいということは難しいんですけど…。結局、普段から地震への備えをするに尽きるんではないかと思っております。

気象庁緊急記者会見2024年8月8日

 平田さん、何言ってんだかわからない(笑)…ので、太文字で強調しました。この情報があろうがなかろうが、南海トラフ沿いの沿岸に住んでいる方はここに尽きるのではないか。本当に地震が発生するときには、おそらく臨時情報など出ない。日本の地震学は、いや、人間はそこまで有能ではない。いつどこで巨大地震が起きるかなど、だれにもわからない。平田さんは自分の立場があるから官僚的な答弁になってしまうけれど、要するにそういうことなんだと思う。

大本営発表に振り回される日本の社会

 で、こういうイミフな臨時情報に振り回される日本社会なのである。

 まずはJR東日本である。

【南海トラフ地震臨時情報発表に伴う当社の対応について(お知らせ)】
8月8日 気象庁より宮崎県日向灘を震源とするM7.1の地震に伴い、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表されました。
南海トラフ地震が再び発生する可能性が高まっているとされることから、列車運行の安全を確保するため、以下の路線において、8月8日より当面の間、上下線で速度を落として運転を行います。
・東海道線(大磯~熱海駅間)
・伊東線(熱海~伊東駅間) 
・中央線(大月~茅野駅間)
これにより東海道線、湘南新宿ライン、上野東京ライン、伊東線、中央線では、遅れや運休が発生する場合があります。
なお、南海トラフ地震臨時情報が解除され、列車運行の安全が確認できた場合は、通常の速度に戻して運転を行います。

https://www.jreast.co.jp/

 落ち着けJR東日本!笑

 百歩譲って、津波のリスクのある海沿いの東海道線、伊東線の速度を落とすのは良かろう(意味ないと思うが…)。いったい何を恐れて、内陸部の中央線でスピードを落とす必要があるのか。富士山でも噴火するんか?(苦笑)

 過剰反応の最たるものである。

 JR東海もしかり。

南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表されたため、一部の列車に運休が発生しております。
運休列車
【下り線】
伊那路1号 豊橋~飯田
伊那路3号 豊橋~飯田
【上り線】
伊那路2号 飯田~豊橋
伊那路4号 飯田~豊橋

https://traininfo.jr-central.co.jp/zairaisen/status_detail.html?line=30004&lang=ja

 飯田線なんて山奥の路線で特急止めてどうしようというのだ。いくらなんでもと思う。

 愛知環状鉄道は8日、気象庁の「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を受け、利用客に不要不急の旅行を中止するようホームページや駅の電光掲示板などで呼びかけ始めたが、利用客からの心配する声を受けて9日、取りやめた。列車は通常通り運行している。
 同社によると、鉄道各社が作成する「地震防災応急計画」に則した対応だった。

https://nordot.app/1194480999441761157

 愛知環状鉄道(JRから分離した路線の3セク)が不要不急の旅行の中止を呼びかけてしまった。もうこうなると、「南海トラフ地震臨時情報」が大いに誤解されているとしか思えない。列車は通常通り運行ということで何よりである。

 これ以外にも、例えばサンライズ出雲・瀬戸は全線で運休。東海道新幹線は徐行運転するそうだ。このお盆シーズンに大きな迷惑である。

 宮崎市の青島海水浴場では遊泳禁止を決めた。青島ビーチセンター渚の交番の小玉順規センター長は「余震も続いているため、安全を最優先にした。10日以降の対応は検討中」と話す。9日朝から遊泳可能かどうかの問い合わせが相次ぎ、50件を超えたという。
 和歌山県白浜町は、町内にある4カ所の海水浴場を閉鎖。「安全面を考慮した」と説明している。
 多くの観光客が訪れる同町の白良浜には「閉鎖中」と書かれた案内が掲示されていた。長野県から家族5人で訪れた会社員の男性(36)は「泳げないのは残念。少し波打ち際で遊んで、(町内にある)アドベンチャーワールドなどに行きます」と話していた。
 神奈川県平塚市は「湘南ベルマーレひらつかビーチパーク海水浴場」を15日まで遊泳禁止にした。担当者は「市民の安全を第一に考えた」と説明。周辺の施設は営業しているが、揺れを感じた場合は、高台に避難するよう呼びかけている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/63bcaba11bd163248a9694464c367664dfbd1739

 地震のあった日向灘が近い宮崎の海水浴場が遊泳禁止になるのは仕方ない。だが、湘南の平塚市というのは、さすがに過剰反応ではないか。平塚市は、南海トラフ沿いですらない。JR東日本の東海道線や伊東線についても同じことが言えるが、こういうエビデンスのない過剰反応で「安全第一」と言われても、何の説得力もない。

 こういう中途半端な「予知」で経済を止める。非常に危うい。

 その一方で、原発は平気で動いている。

 規制庁によると、各原発の運転管理を定めた「保安規定」では、停止する基準は、実際の揺れがあった場合だけだ。臨時情報だけで運転停止を定めた事業者はない。ただ、事業者によっては、運転の対応を「検討する」としている原発はあるという。

https://mainichi.jp/articles/20240808/k00/00m/040/353000c

 「南海トラフ地震臨時情報」が出ても、原発は一つも止まらない。想定される震源域の外にある海水浴場が遊泳禁止にしているというのに、原発はそのまま動いていていいものなのか。

何の前触れもなく地震は発生する

 1944年の昭和東南海・南海地震からすでに80年が過ぎた。これまでの繰り返し間隔からしても、臨時情報が出ようが出まいが、南海トラフ沿いを震源とした地震が発生するのは、さほど遠くない。私のように50代を過ぎた人間も、生きているうちに経験する可能性が高い。

 きっと、本番の南海トラフ地震は、臨時情報などなく突然、発生する。それはほぼほぼ間違いない。平田さんが言っているとおり、十中八九、何の前触れもなく南海トラフ地震は起きるのだ。覚悟していただきたい。その一方で、これからも何度でもこうした空振りの「臨時情報」が繰り返される。

 それが日本の地震学、そして政府の防災対策の現実だ。

 我々は、政府にあきれたり、地震学者を嘲笑しても仕方ない。何の前触れもなく、何がいつ発生しても、生き延びるために全力を尽くす。そこに集中していきたいと思う。

気象庁HP
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森地 明
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