「南海トラフ地震臨時情報」の滑稽さ~大本営発表に振り回される日本人たち
長崎の「原爆の日」のことも、都知事選の総括も書きたいのだが、なかなか筆が進まない。まずはこれだけは書いておかねばと思った。8月8日に日向灘を震源とするM7.1の地震が発生し、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表した。
「臨時情報」は壮大な空振りに
残念ながら…いや、幸いにも今回の「南海トラフ地震臨時情報」は壮大な空振りになることは間違いない。明日から一斉に帰省ラッシュが始まると思うが、帰省を控える必要などまったくない。南海トラフ沿いの沿岸にいれば地震が発生した際の避難経路を確認したうえで観光をしっかり楽しめばいい。逆に、この「南海トラフ地震臨時情報」がなかったとしても、その対応に違いはない。「南海トラフ地震臨時情報」が出なくても、この地域にはM8クラスの地震が発生する可能性がある。つまり、この情報にはほとんど意味がない。
「南海トラフ地震臨時情報」をおさらいしておこう。
難しいことは省く。今回発表された「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」は、「南海トラフ沿いの想定震源域内のプレート境界においてM7.0以上の地震が発生したと評価した場合」に発表される。注意したいのは、この場合のマグニチュードはモーメントマグニチュードで、気象庁が発表するマグニチュードとは異なる。今回、日向灘の地震は気象庁Mなら7.1だが、モーメントマグニチュードは7.0となる。両者がどう違うのかはとりあえず横に置いておく。
つまり、モーメントマグニチュード7.0以上なら気象庁は機械的に「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表する。
では、なぜ巨大地震を「注意」しなければならないというのか。
気象庁はこう説明している。世界でMw7.0以上の地震発生後、7日以内にMw8クラス以上の大規模地震が発生するのは、数百回に1回程度だと。つまり、南海トラフで発生した地震とは関係なく、一般的に世界ではこうだと言っているのである。
これ自体に異論はない。東日本大震災の直前にも東北では大きな地震が発生しており、前兆だと言われている。熊本地震ではM7の地震が2回発生して、多くの家屋が倒壊した。
しかし、Mw7.0以上の地震発生後にわざわざ「地震臨時情報」が出るのは、南海トラフで発生した時に限定される。これはおかしい。
確かに南海トラフで地震の連動を想起するのは不思議なことではない。このエリアでは、南海、東南海、東海の3大地震が繰り返し発生し、時に2~3の地震が連動してきた。下記の資料にあるように、32時間後や2年後に別の震源域が動いたこともある。南海、東南海、東海がそれぞれ単独で発生することがむしろまれなのである。
しかし、資料左の過去の発生状況を見ていただきたい。
「日向灘」と「南海・東南海・東海」が連動した例は一つも確認されていない。1707年の宝永地震のみ、「日向灘」が点線になっていて、4つが連動したのではないかという「説」がある。これも正直、よくわかっていない。
東日本大震災が発生し、常に最悪を想定するというのが災害対策の基本となりつつある。それは正しい。
だが、南海トラフに関して言えば、最悪に振り子を振りきった余り無茶な想定をしていると思われる節がある。それが、この「日向灘」である。
私は地震学者でもないから、これは素人の見解として読んでいただきたいが、少なくとも私は「南海・東南海・東海地震」の震源域を日向灘まで伸ばすエビデンスを聞いたことがない。むしろ、南海トラフ沿いの地震の想定をM9に設定するには、日向灘が必要不可欠だったというだけなのではないか。科学は絶対ではないから、歴史的に確認されていないというだけで「南海・東南海・東海」と「日向灘」が連動しないと言い切ることはできない。だが、エビデンスのない物語に現代社会が振り回されていていいのか。東日本大震災がM9クラスだったから、南海トラフでもM9にしたかっただけではないのか。
私はそんな邪推をしているのだ。
だから、専門家たちは一様に懐疑的だ。
それでも、地震臨時情報は出ている。そう決まっているからだ。
「東海地震」で挫折した日本の地震学
なぜ、こんなあいまいな情報をわざわざ南海トラフに限って出すのだろうか。それは過去における日本の地震予知の挫折の結果なのだ。
「東海地震」という想定地震を覚えてらっしゃるだろうか。おそらく私のようなおじさん以上が、記憶に残っているのではないか。遠州灘中部から駿河湾にかけた駿河トラフ(南海トラフの東端)を震源として、将来起こり得るであろう大地震だと言われていた。「南海」「東南海」「東海」の3震源域はそれぞれが連動して、繰り返し起きている。ところが、「南海」「東南海」は1940年代に互いに2年の間隔で発生し、「東海」の震源域だけが動かずに残っていた。「東海」だけプレートのひずみが蓄積していて、近い将来、ひずみが解消されると考えられていた。
1978年に政府は「大規模地震対策特別措置法」を制定。静岡県を中心とした「地震防災対策強化地域」を設定し、観測体制を強化。地震が起きる前に異常を「予知」し、「警戒宣言」を出すという壮大な地震対策を行ったのだ。ところが、いつまで経っても東海地震は発生しなかった。それどころか、1995年の阪神・淡路大震災を皮切りに、全国でM7クラスの地震が次々と発生し、2011年にはついに東日本大震災の発生に至った。いずれも想定外。日本の地震学は敗北したのである。
予知を前提とした日本の地震学が根本的に間違っていたのだ。
しかし、地震学者たちは予知をやめられなかった(というのが実情のようだ)。政府はこそこそと特別措置法を改正し、予知行政から転換するのかと思われたが、「臨時情報」などという予知だかなんだかわからない情報を出して、東海地震の「警戒宣言」のようなことをやろうとしたのだ。
前述したように、日向灘と「南海・東南海・東海」が連動した例など過去に確認されていない。本当に連動すれば、まさに「想定外」である。そんな大穴を狙うギャンブルみたいな大本営発表に日本の社会全体が振り回されているのである。いったい、なんの冗談かと思う。
むしろ、南海トラフとは関係ない震源で大きな地震が起きる可能性の方がはるかに高いのではないか。これまでの例から言っても、南海トラフ地震は何の前触れもなく起きる可能性の方が高い。
南海トラフ地震評価検討会の会長、平田直東京大名誉教授は8日夜の記者会見でこう語っている。
平田さん、何言ってんだかわからない(笑)…ので、太文字で強調しました。この情報があろうがなかろうが、南海トラフ沿いの沿岸に住んでいる方はここに尽きるのではないか。本当に地震が発生するときには、おそらく臨時情報など出ない。日本の地震学は、いや、人間はそこまで有能ではない。いつどこで巨大地震が起きるかなど、だれにもわからない。平田さんは自分の立場があるから官僚的な答弁になってしまうけれど、要するにそういうことなんだと思う。
大本営発表に振り回される日本の社会
で、こういうイミフな臨時情報に振り回される日本社会なのである。
まずはJR東日本である。
落ち着けJR東日本!笑
百歩譲って、津波のリスクのある海沿いの東海道線、伊東線の速度を落とすのは良かろう(意味ないと思うが…)。いったい何を恐れて、内陸部の中央線でスピードを落とす必要があるのか。富士山でも噴火するんか?(苦笑)
過剰反応の最たるものである。
JR東海もしかり。
飯田線なんて山奥の路線で特急止めてどうしようというのだ。いくらなんでもと思う。
愛知環状鉄道(JRから分離した路線の3セク)が不要不急の旅行の中止を呼びかけてしまった。もうこうなると、「南海トラフ地震臨時情報」が大いに誤解されているとしか思えない。列車は通常通り運行ということで何よりである。
これ以外にも、例えばサンライズ出雲・瀬戸は全線で運休。東海道新幹線は徐行運転するそうだ。このお盆シーズンに大きな迷惑である。
地震のあった日向灘が近い宮崎の海水浴場が遊泳禁止になるのは仕方ない。だが、湘南の平塚市というのは、さすがに過剰反応ではないか。平塚市は、南海トラフ沿いですらない。JR東日本の東海道線や伊東線についても同じことが言えるが、こういうエビデンスのない過剰反応で「安全第一」と言われても、何の説得力もない。
こういう中途半端な「予知」で経済を止める。非常に危うい。
その一方で、原発は平気で動いている。
「南海トラフ地震臨時情報」が出ても、原発は一つも止まらない。想定される震源域の外にある海水浴場が遊泳禁止にしているというのに、原発はそのまま動いていていいものなのか。
何の前触れもなく地震は発生する
1944年の昭和東南海・南海地震からすでに80年が過ぎた。これまでの繰り返し間隔からしても、臨時情報が出ようが出まいが、南海トラフ沿いを震源とした地震が発生するのは、さほど遠くない。私のように50代を過ぎた人間も、生きているうちに経験する可能性が高い。
きっと、本番の南海トラフ地震は、臨時情報などなく突然、発生する。それはほぼほぼ間違いない。平田さんが言っているとおり、十中八九、何の前触れもなく南海トラフ地震は起きるのだ。覚悟していただきたい。その一方で、これからも何度でもこうした空振りの「臨時情報」が繰り返される。
それが日本の地震学、そして政府の防災対策の現実だ。
我々は、政府にあきれたり、地震学者を嘲笑しても仕方ない。何の前触れもなく、何がいつ発生しても、生き延びるために全力を尽くす。そこに集中していきたいと思う。