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名誉と尊厳を、ある日突然失った時のために

2010年の「大阪地検フロッピーディスク証拠改ざん事件」で逮捕された大阪地検元特捜部長・大坪弘道氏の獄中手記(勾留百二十日  特捜部長はなぜ逮捕されたか)を、十年ぶりに再読した。

特捜部長という”名誉”ある立場から、一転、牢獄の囚人となった人間の克明な記録である。事件や裁判そのものよりも、この記録における著者の心の動き、拘置所での処世は、誰もが遭遇する可能性のある人生の暗転における大きな参考となると感じた。

囚われのみになってはじめて判ったが、人間、理不尽な仕業によって極限状態に置かれた場合、娯楽や趣味あるいは単なる時間つぶしの本では心は救われないということであった。厳しい現実と向き合っている人間のこころを救うのは、自分と同様あるいはそれ以上の苦難の中にあって、その身を削るような思いでそれを乗り越えようとした人々の体験であり言葉であった。

勾留百二十日  特捜部長はなぜ逮捕されたか

独房の中で、著者は中村天風、瀬島龍三らの書物の言葉に動かされ、不安と恐怖から心の平静を取り戻すこととなる過程を克明に記録している。

この事件を振り返った時に、自分は、大坪氏と同じような境遇に、絶対にならないと言い切れるのだろうか。もしかすると、自分も、何かの拍子でいつか、すべて失い、世間から大きなバッシングを受ける日が突然襲ってくるかもしれない。そんな状況に遭遇したら、私はいったいどのようにして自分自身を保てるのか。すべてを失ったその時に、この本は自分を救ってくれるのではないか。そう強く感じさせる一冊であった。

著者は、本事件で無罪となった厚労省元局長・村木厚子氏の著作 ”私は負けない  「郵便不正事件」はこうして作られた”も独房で読んでいる。村木氏は、もっと多くの恐怖と不安を感じたに違いない。大坪氏はいったい、どんな気持ちで読んだのだろうか。こんな一節が記載されている。

村木氏の手記から学んだこと。「健康体調を崩さず、目標を低くもって心を折らさないこと、落ち込まないこと」

勾留百二十日  特捜部長はなぜ逮捕されたか

人生の谷間に落ち込んで絶望の淵に立たされた時、この一節を思い出そう。

「健康体調を崩さず、目標を低くもって心を折らさないこと、落ち込まないこと」



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