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新型コロナが暴いた社会の現状に憤るマーク・アンドリーセン、「ビルドしよう!」と檄を飛ばす

平時の冷静な呼びかけというより、戦時の檄文だ──これがマーク・アンドリーセンが4月19日に発表したエッセイ"IT’S TIME TO BUILD"への第一印象だ 。

アンドリーセンは、ご存知のようにNetscapeブラウザの開発者、起業家、そしてベンチャーキャピタル アンドリーセン・ホロウィッツの協同創業者である。そしてこのエッセイは、アメリカ合衆国や他の先進国で新型コロナウイルス感染症対策がうまく機能していないことへの憤りから始まる。先進国の社会は実はパンデミックに脆弱で、それを是正しなければならない──読む人の心を動かすように書かれている文章だ。

「なぜ私たちは、医療機器や防護服が足りなくて困っているのか? なぜ2020年のアメリカで雨具のポンチョの供出を求めなければならないのか?!」
「なぜ全国民にただちに給付金を配れないのか?」
「なぜ経済成長している都市で十分な住宅が供給できないのか?」
「なぜ18歳全員を教育しないのか?それが私たちができる最も重要なことではないだろうか?なぜ、はるかに多くの大学をビルドしないのか、あるいは我々が持っている大学の規模を拡大しないのか?」

そして「私たちは仕組みを整備しないことを選んだのだ」「問題は、お金や技術ではない。我々がそれを望まなかったことだ。慣性だ」。

このように問題点を指摘したうえで、アンドリーセンは現状打破を呼びかける。最新の工場、メカニズム、システムを作ろう(ビルドしよう)! パンデミックのような非常事態でも、物資不足、あらゆる仕組みの不足に悩まされないようにしよう。そして、アメリカンドリームを再起動しよう!

マーク・アンドリーセンの憤りをもう少し見てみよう。

「なぜ私たちはこれらを持っていないのか? 医療機器の生産や金融(給付金の配布)にロケットサイエンスはまったく含まれていない。(略)私たちはこれらのものを作るためのメカニズム、工場、システムを持たないことを選んだ。*ビルド*しない選択をしたのだ」
なぜ私たちは、イーロン・マスクの「異星人の戦艦(注1)」をビルドしないのか。考えられるあらゆる種類の製品を、可能な限り最高の品質と最低のコストで生産する、巨大できらびやかな最先端の工場を、私たちの国中にビルドしないのか?

注1:イーロン・マスクは高度に自動化された無人工場を異星人の戦艦(エイリアン・ドレッドノート)に例えた(参考記事)。
交通機関もそうだ。どこに超音速旅客機がある? 数百万台の配達用ドローンはどうした? 高速鉄道は、天を走るモノレールは、ハイパーループ(注2)は、そして、空飛ぶ自動車は、いったいどこにいった?

注2:イーロン・マスクは2012年に高速輸送システム「ハイパーループ」を提案。密閉チューブ内を高速でポッドを走行させる。この記事冒頭に置いたイラストはハイパーループのコンセプトアート(出所:Wikipedia)。

おや? ひょっとしてイーロン・マスクを煽っているのか?

そうかもしれない。このエッセイは、例えばイーロン・マスクやそのほかの起業家たち、投資家たちを煽っている側面もあるだろう。

アンドリーセンのエッセイからは、脱・工業化による製造業の空洞化、そして既得権益に縛られ、住宅も増やせず、都市の再開発も進められない、そして反知性主義がはびこるアメリカの現状へのいらだちが感じられる。既得権益を守るだけでなく、より豊かな未来に投資しよう。すべての人々に高等教育を施せば、人材プールも広がるはずだ──エッセイでは、このような新・産業革命と高度成長を訴えかけている。

目の前の資本と技術を有効に使い、最新鋭の自動工場や、交通機関や、住宅や、教育を実現しよう。モノや仕組みを大量かつ安価に普及させよう。最先端の科学の知見、科学の産物で世の中を満たしたら、もっといい世界になるはずだ──。

このような考え方は、アンドリーセンらTech界隈の人々が基本教養として読んでいたであろうサイエンス・フィクションのイメージが投影されている可能性もあるだろう。2020年の世界が、こんなに貧しいはずはなかったのだ。

正直に言うと、私はアンドリーセンの論調に全面的には賛成できない。例えば、このエッセイはすべての人に向けたメッセージではない。ビルドする人、ビルドできる人は、人類の中のほんの一握りだ。だから発明・発見には大きな価値がある。「ビルド」の優越性を強調しすぎることは、新たな差別、新たな階級、新たな格差につながりかねない。ビルドの成果を、ビルドできない人ともシェアすることこそが、ビルドする人の喜びのはずなのだ。

議論の余地は多いことを認識した上で、アンドリーセンのエッセイは一つのサインだと私は受けとめた。アメリカの現状──製造業が空洞化し非常時の必需品の供給に事欠き、既得権益に縛られ都市開発も思うように進められず、反知性主義がはびこる現状への異議申し立てだ。新型コロナウイルス流行後の世界をどう考えるのか、どう作り直すのか、そのような思考を促す刺激を与えてくれるエッセイだ。それを自分の記憶に留めておくことにしたい。

参考文献
Marc Andreessen, "IT’S TIME TO BUILD", April 19, 2020

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星 暁雄(ITジャーナリスト)
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