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無気の夢

 かつて世界は美しく、青と緑の天地が広がっていた。その時代を生きぬいた最後の人々は、沈みゆく世界とともに多くの命と文明を失ったが、神が与えた花光の片鱗を身に取り込んだ者だけは生き残る。水中で生きるために必要な進化の基盤を子孫に引き継ぐことで、どうにか命の連鎖を紡いでいた。

 今や世界の全ては深い海の底。僅かに残る陸地は濃厚な毒素が漂う〝死地〟となり果てた。水の星と呼ばれるに相応しい、色濃い水に満たされた世界となっている。
 海の底に自然光が届くことは無く、昼でも暗闇が支配する。少ない光源と無酸素に耐えられるよう進化した視覚や呼吸器官が頼りの生活だ。
 そんな変貌を遂げた世界でも、人の営みとは太古の昔と変わらぬもので。男女が揃えば恋をして、家庭を築いて子供を育て、少ないながらも人々は平和に暮らしているのだった。 

 大地の恵みと呼ばれるものもなく、鉄道などの移動手段もなく、極めて閉鎖的に少数部族が独立国家のようにルールを作り、助け合うことで共存する。争いのない時代が長く続いていた。

 だが、長く続けば続くほど変化が起こるのが人の世で……ある時なんの変哲もない、ごく普通の若い夫婦である一家から、その歪みは始まった。


  + + +


※無気呼吸

酵母や細菌の行うアルコール発酵・乳酸発酵や腐敗、動物の筋肉での解糖など。 無酸素呼吸。 嫌気呼吸。 嫌気代謝。


無彩色に近いような世界にあって、僅かな人口照明が作る街がキレイな深海底の世界でした。
果たして人々の変化は進化なのか、それとも退化と言うべきなのか……「歪み」とは何なのか、イロイロと気になる終わり方でした。

そして同じ日に見た「崩壊の夢」の続きかもしれないし、違うかもしれない物語。


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