秋ノ月げんのライトノベル書けるかな(Idol Side)7.富山へ
7. 富山へ
東京でめいめいのイベントがあった週明けの月曜日、あたしは事務所に顔を出した。
学校の帰りというわけでもなかったが、制服で顔を出した。この制服を着られるのもあと数日だから。
「東京で、賢さんに会えたんだって?」
石川社長は執務机でノートパソコンを開いて何やら仕事らしき事をしていたが、あたしの顔を見ると頭の上に両手で大きな丸を作って見せた。
「めいちゃんがずいぶん懐いてたよ。あの人、若い娘に懐かれやすい体質でも持ってるのかね。」
そう言いながら社長は、封筒から一枚紙ペラを出してあたしによこした。
「万丈目さんの本名、住所、自宅電話番号と携帯とメアド。
本名と住所は富山行くまで頭に入れてい置いてね。」
「なんで?」
「一緒にいるとき警察の職務質問受けたりすると、お互いの本名住所言えないと、援助交際とか疑われて面倒なんだよ。」
「そんな事するわけないし。」
「そりゃー僕や、桜ちゃんをよく知ってる人はわかってるけどさ、警察は逆に、疑うことが仕事だから。」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだよ。
ああそれから、これ。」
社長はプリンターの排紙口から紙束を取り出してあたしによこした。
「万丈目さんの家の近くに安い所見つけたんだ。週末にでも下見に行こう。」
“亀有コーポ”というそのアパートは、住所が番地以外は賢さんの住所と同じだった。写真を見る限りは部屋の様子も悪くない。
「ついでに万丈目さんのお宅に、菓子折りでも持ってごあいさつに伺おうか。」
「うんっ!」
次の土曜日、あたしと社長は富山へ行った。
京都からサンダーバードで三時間、駅前のホテルで一泊し、日曜日にアパートの下見と、賢さん宅へのごあいさつに行く予定だ。
夕刻に富山につき、チェックインを済ませたあたし達は、あたしが入試の前日にも行った”カフェ・メルカート”へ行った。
「こないだのお姉ちゃんやないのー、学校受かったのー?」
マスターはあたしの事を覚えてくれていた。
「受かりましたー! 今日はお父さんと、アパート決めに来たんですう~。」
あたしの家は母子家庭なのでお父さんはいないのだが、こういう時はめんどくさいので社長を”お父さん”って事にしている。
「どうも。」
社長もこういう時はあたしに合わせて、お父さんっぽい応対をしてくれる。
こういう役割を、これからは賢さんに演じてもらうことになるのだろうか。まあ、あまり心配はしてないけれど。
翌日、あたし達はレンタカーを借りて午前中にアパートを下見し、特に問題もなかったので契約まで済ませた後、近くを右往左往して見つけた”7番らーめん”という店で昼食を済ませ、午後から賢さん宅へごあいさつに伺った。
アパートからはホントに近く、五百メートルぐらいしか離れていなかった。
そんなに大きな家でもなく、平屋建てだったが、敷地がやたらと広かった。庭があり、ガレージが一つと、何か商売でもやっているのか、それとも昔やっていたのか、作業場が別棟で建っていた。
庭を囲う塀垣の前に黄色いスポーツカーが停めてあった。賢さんの車だろうか? ちょっと似つかわしくない気がした。
呼び鈴を鳴らすといきなりメイドさんが出て来たのには驚いた。それも肩出しのキャミソールタイプ、あたしなんかがグラビアで着るようなコスプレみたいなメイド服だ。
客間に通され、賢さんのご家族を紹介された。
賢さんのお母さん、妹の範子さんとその娘の夏希ちゃん。夏希ちゃんはあたしの一個下の中学三年生とのことだ。
それと、さっきも出迎えてくれた、お手伝いのニナコさん。訳あって臨時で来てもらってるらしい。
「住まれる所とか、もう決められたのですか?」
ニナコさんが持って来てくれたガラス製の灰皿を社長に勧めながら、賢さんが尋ねた。
「午前中に決めて来ました。ここからすぐ近くのアパートです。」
社長は一礼するとシガレットケースから”キャプテンブラック”を一本取出し、火を点けた。
「もしかして、すぐそこの”亀有コーポ”ですか?」
「そうそう! そこですよ。」
するとニナコさんも驚いた様子で、会話に入ってきた。
「あら、わたくしもそこの、二〇二号室に入ってるんですよ。」
「あたし二〇三! お隣じゃーん。」
あたしがニナコさんに向かってほほ笑むと、ニナコさんも、にっこりと笑顔を返してくれた。
かわいい!
間違いなくニナコさんの方が年上なのだが、年上だろうとかわいいもんはかわいい。あたしはその瞬間に、ニナコさんのファンになった。
聞けばニナコさんはもともと、秋葉原の“ふぃなぽあ”というメイドカフェで働いていて、今度その店が富山に出店するので店長として赴任してきたらしい。
その店がオープンしたら絶対行ってみよう。
もしかしてニナコさんって、賢さんとデキてたりして。だとすると、この変わったメイド服って賢さんの趣味?
あたしは想像がいけない方向へ向かうのを感じて、顔が赤くなったのを気づかれやしないかとヒヤヒヤした。
「ね、ね、ニナコさん、かわいかったよね。」
兵庫へ帰る道中の特急“サンダーバード”の車内であたしは社長を相手に、ニナコさんのかわいさを力説した。
「そうかあ~?」
社長の反応はそっけなかったが、あたしは構わず続けた。
「ニナコさんって、もしかしたら賢さんのこと好きなのかな。」
「なんでそうなるかな。二十歳そこそこの娘がさ、四十オーバーの俺とか万丈目さんとか、好きにならないでしょ普通。」
「でも、賢さんかっこいいじゃん。」
「イケメンだっての?」
「もとイケメンだよ、若い頃の動画見た事あるもの。」
「“もと”だろ“もと”。」
「あたし、帰ったらすぐ引っ越しの準備する!
ニナコさんとも早くお友達になりたいし。」
(つづく)
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