秋ノ月げんのライトノベル書けるかな(Otaku Side)8.桜、襲来
8. 桜、襲来
次の金曜の夜、桜ちゃんがツイッターに、メイド服姿の自撮り写真を連続して投稿していた。
『お友達に衣装借りて自撮り大会なう』
と書き添えられた一枚目の写真は他でもない、”ふぃなぽあ”のメイド服だった。
そして二枚目は先日ニナコさんの着ていたキャミソールタイプの、あのセクシーなメイド服だった。
三枚目以降は”MAJIアキハバラ”の緑色のメイド服だったり、黒だったり茶色だったり見たことのないメイド服もあったが、服を借りた”お友達”がニナコさんであることは疑いの余地はなかった。
ついに”亀有コーポ”に引っ越して来たらしい。
翌日から、桜ちゃんとニナコさんは、土日ごとに連れだって我が家へ来るようになった。私も知らないうちに仲良くなったらしい。
あの日曜日以来、ニナコさんは”ふぃなぽあ”のスタンダードなメイド服しか着て来なくなった。さすがに一緒に来る桜ちゃんの手前もあるのだろう。
桜ちゃんの方は夏希とも仲良くなり、ちょくちょく一緒に遊びに出かけた。時には範子も一緒に三人で出かけることもしばしばあった。
母は外出することが多いので、そうなると家にはニナコさんと私の二人っきりになる。ある日そうして二人っきりになった時、突然ニナコさんがこんな事を言い出した。
「ご主人様は、桜お嬢様の事を、どう思ってらっしゃいますか?」
「どう思ってって、何が?」
「気づいていらっしゃるかもしれませんが、桜お嬢様も、ご主人様の事をお好きでいらっしゃいます。」
そんなまさか、と思った。
「彼女は人懐っこいし、職業柄おっさんにも免疫があるから、私に対しても普通に接してくれてるだけだよ。」
「失礼ながら、ご主人様は大変鈍感でいらっしゃいます。
わたくしは桜お嬢様とも親しくさせていただいてますので、女同士で一緒におりますと、こういった事がよくわかるのです。」
「桜ちゃんはまだ十六歳だ。」
「では、二十歳になったら恋愛対象に入れられるのですか?」
「いや、そういう事ではなくて。」
「わたくしの事でしたら、どうぞお気になさらないでください。
やはりわたくしは、あくまでメイドとして、ご主人様をお慕いしているだけで満足なのです。
確かに、出過ぎた過ちを犯してしまったこともありますが、わたくしはご主人様を独占するつもりもございません。
……洗濯物を取り込んでまいります。」
言うだけ言ってニナコさんはその場を立ち去った。
私も返答に窮した。
桜ちゃんが私を好きとか、言われてもそう信じられるものではない。私は四十六歳のおっさんだ。
何より私の気持ちはニナコさんの方を向いていた。だがそれを本人に面と向かって伝える勇気が私にはなかった。
長い独身生活が、異性と正面から向き合う事に対して、私を臆病にさせていたのだ。
結局あれ以来ニナコさんとの間には何もないまま、ゴールデンウィーク初日、“ふぃなぽあ”富山店オープンの運びとなった。
“ふぃなぽあ”富山店ができたのは、北陸自動車道富山インター近くの“万歳書店”という大型リサイクルショップの一角だ。
名前の通り、もともとは古本屋だった店が、中古ホビー、古着、楽器、釣り具と手を広げ総合的なリサイクルショップに進化したものだ。
古本はコミック中心、中古ホビーも金沢の同系列店ほどではないが、富山にしては、まずまずの品数なので、オタクがたむろする。
ただし古着があるので一般人も来る。二十四時間営業という事もあって夜中は不良のたまり場にもなっていた。
それが今回、思い切って古着、楽器、釣り具といった“リア充コンテンツ”を撤廃し、空いたスペースに“ふぃなぽあ”と、大手ホビー専門店の“コーヴス”をテナントで入れたため、ここに“小型秋葉原”が出現した。
桜ちゃんと夏希にせがまれた私も(せがまれなくても行くつもりではあったが)、リニューアルオープン初日に意気揚々と出かけた。
範子と夏希は、まだ古着を扱っていた頃に何度も連れて来ているが、桜ちゃんは初めてなのと、私自身も久しぶりに訪れたので、先にリサイクルショップを見て回る事にした。
「賢さんぐらいの歳になっても、マンガって読むんだ。」
中古コミックの“大御所作家”コーナーを見ていたら、桜ちゃんが後ろから声をかけてきた。
「ふつうは読まない。私が特殊なだけ。
もう亡くなった人だけど、岩ノ木ジュンって漫画家が好きでね。」
「その名前聞いた事ある!
確か“セイントネビュラ”描いた人?」
「それは翼田正美。
岩ノ木ジュンは“仮面ナイト”や“秘密コマンド・コンバット5”を描いた人だよ。」
「コンバット5知ってる! テレビで今も続いてる“スーパーコマンドシリーズ”の1作目だよね。
2作目が“電撃コマンド・フォアカード”で主題歌が、エースだ、ジャックだ、ヘイ、ヘイ、ヘ、ヘイ♪」
「桜ちゃんなんでそんな古い歌知ってるの。」
最近の作品ではなく、よりによって視聴率的に微妙だった“フォアカード”を知っている事に私は感心した。
それから中古トイコーナーを見て回った。
「あ!」
桜ちゃんが“電脳戦士サイババン”で第三シリーズの“サイババンS”から登場した仲間のヒーロー“電脳戦士キョワーン”のアクションフィギュア、最終話で決闘した敵怪人“ツチグモ”とのセットを見つけて手に取った。
どうやら値札を見て、買おうかどうしようか逡巡しているようだ。
「桜ちゃん、それ欲しいの?」
今度は私が声をかけた。
「ちょっと、どうしようかなって。」
「いいよそれ、買ってあげるよ。」
「いいよいいよ、そのくらい自分で買うよ!」
「いいからいいから。」
そこへ夏希が大人気アニメ“侵略美少女インチ”のスタチューフィギュアを持って割り込んできた。
「おじちゃん、あたしはこれ。」
「お前は範子から小遣いもらってるだろ。」
「え~~~~!」
「あ~~わかったわかった、ついでに買ってやる。」
リサイクルショップの次は、“コーヴス”も覗いた。
“コーヴス”はガレージキット創世記といわれた一九八〇年代、今では一般人でもその名を知っている“天空堂”と双璧をなしたガレージキットメーカーだったが、現在ではドールの方が主力になっている。
金沢に店舗があった頃(出店したものの採算が合わず現在は撤退)行ってみた事があるが、入口付近こそプラモデルや美少女フィギュアといった男性中心ホビーが並んでいたものの、奥へ進むとドール並びにカスタムパーツのコーナーになっていて、フィギュア目当てのオタク男性と、ドールマニアの女性客とが共存する、画期的な空間に感心したものだ。
私はここで、以前から興味があったが近隣に店舗がないため今まで買えずにいた“ブロッケスト”というブロックトイを購入した。ブロックトイといっても形状、パーツ数ともに複雑化したハイターゲット商品だ。私の購入したキットは説明書通りに組めばオートバイとドリル付きマニュピレーターになるものだが、工夫次第でいろんなものを作る事ができる。
そしていよいよ、三人で“ふぃなぽあ”に入った。
「いらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様。」
見慣れた“ふぃなぽあ”のメイド服の出迎えを受けた。出迎えのメイドさんは“もが”と書かれた名札を付けている。
ボックス席に案内された私たちを見つけて、さっそくニナコさんがやって来た。
「来て下さったのですね、ご主人様、桜お嬢様、夏希お嬢様。」
他のメイドさんたちと同じく、いつもの“ふぃなぽあ”メイド服だ。
「店長なのに、服は他のメイドさんと同じなんだね。」
桜ちゃんがそこを指摘すると、
「いえ、本当は店長の制服というのが別にあるのですが、わたくしはこちらの方がしっくり来ますものですから。」
という返答が返ってきた。
「それより本日はオープン特別企画で、お一人様一枚に限り、メイドとのチェキ撮影が無料で出来ますよ。」
「あたしニナコさんと撮りたい!」
「あたしもニナコさんがいい!」
桜ちゃんと夏希は即座に答え、そしてニナコさんを加えた三人で私に、何か期待するような視線を送ってきた。
「私も、ニナコさんで。」
「かしこまりました!
ではまず、夏希お嬢様からどうぞ。」
いつものような抵抗感は、不思議と感じなかった。
夏希、桜ちゃんの順に撮影し、とうとう私の順番になった。
「失礼、いたします。」
ニナコさんはいきなり両腕を私の左腕に絡め、ぐぐっと体を押しつけてきた。
「賢さん、体、傾いてるよ。」
桜ちゃんが無茶を言う。これ以上寄っては、いくらなんでもくっつきすぎと言われるに決まっている。カメラ係のもがさんがシャッターを切った時、私の体はバランスを崩して倒れそうになっていた。
それから夏希と桜ちゃんはオムライスを、私はカツ丼をそれぞれ注文した。もがさんが来て、夏希ちゃんと桜ちゃんのオムライスの上にケチャップで絵を描いて行った。それで終わりかと思ったらニナコさんがやって来て、私のカツにソースで仮面ナイトの顔を描いて行った。
「楽しーい! なんか毎週、お休みごとに来たくなっちゃうね。
ね! ね!」
桜ちゃんはメイドカフェをすっかり気に入ったようで、私にもしきりに同意を求めてきた。
「まあ、来たければいつでも言ってくれれば。」
「賢おじちゃんはね、オタク友達の間で“メイドカフェの帝王”なんて呼ばれてるくらいメイドカフェ大好きだから、連れてってって言えば絶対断らないよ。」
「いらんこと言うな!」
夏希と私のやりとりに、桜ちゃんがゲラゲラ声を上げて笑った。
“ふぃなぽあ”富山店がオープンしてしまうと、ニナコさんは基本土日は店にいなければならないので、もううちに来ることは出来ない。私は久々に一人の休日を、“コーヴス”で買った“ブロッケスト”と格闘して過ごした。
桜ちゃんは毎日のように夏希のところへ来ては、2人で遊びまわっていた。
“ふぃなぽあ”へは五月五日、「子供の日だから」というよくわからない理由でもう一度、今度は範子も連れて四人で行った。
(つづく)
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