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夜の散歩と3匹のねこ

明日の朝食用のパンと牛乳がない。

買いにいかなくちゃ。

でも夕方のスーパーはあいかわらず混んでいるから行きたくない。

めんどくさがってぐずぐずしていたら外はもう暗くなっていた。

窓を開けてみるとそこまで寒くなさそうだ。

運動不足の解消もかねてコンビニまで遠回りしていくことにした。


いつも散歩にいく大きな川まで住宅街のなかを早足で歩く。

会社帰りのひとがぽつぽつ歩いている。車はほとんど走っていない。

モッコウバラの咲く家の前で歩くスピードをすこし緩める。

のどかな雰囲気を漂わせているあふれんばかりの黄色の花。

毎年ゴールデンウィークに集まる仲間たちがいる。モッコウバラのアーチのある家でみんなでバーベキューをするのだ。数少ないイベント。人数は増えたり減ったり、メンバーもゆるやかに入れ替わったりしている。今年は開催できなくてさみしいねと、ついこないだ話したばかりだ。

あの家のモッコウバラも今頃こんな風にのびのびと咲いているのだろうか。

そんなことを思いながらゆっくりと通り過ぎる。


ふと脇をみると細い塀の上にシュッとしたハチワレの猫がいる。

とくに警戒した様子もなくこちらをちらりとみて、それから寝そべったまま大きなあくびをした。

「キレイなハチワレだね」と声をかけたけど、もちろん返事はない。

ハチワレに別れを告げて、川沿いへと向かう。


日が暮れたあとの川はしんとしていて、グラウンドにもひとっこひとりいない。

いつもの私の知っている穏やかな場所とは違って見える。

のっぺりと光を反射する川面は低い堤防を越えて忍び寄ってきそうで不気味だ。

自転車が通り過ぎるライト、黙々と走るランナー、犬を散歩させるひと。

ときおりすれ違うそのひとたちも薄闇のなかではどこか幻のようで、振り返ったら消えているのではないかと少しだけひやりとした。


それでも久々に周りを気にせず歩けるのは気持ちがいい。

どうしたってスーパーやコンビニに行くときは人との距離を気にせざるをえない。

知らずにずっと身体に力が入っていたこと、呼吸が浅くなっていたことがわかる。

深く長く息をする。ときどき立ち止まってのびをする。鈍くひかる川面を眺めながらゆっくりと大股で歩く。

しばらくするとだいぶスッキリしてきた。


つかの間の自由を満喫して住宅街をぬけてコンビニへと向かう。

忘れちゃいけない、パンと牛乳。


大きな通り沿いのコンビニで無事に牛乳とパンを買って、横断歩道を渡る。左の視界の隅に動く白いかたまりが見えた。

白くてがっしりした白い猫。

手足が短くてずんぐりして見える。

コンビ二側の植え込みからこちら側にのしのしと渡ってくる。

あまりにもゆったりとしているからつい心配になって渡り切るまで目が離せなくなってしまった。

歩行者用の信号は青で車は来ていないのだけれど。

邪魔などされるわけがないというような堂々とした渡りっぷり。

道路を渡り切った白い猫はわたしのことなんて見向きもせず建物の脇にするりと消えていった。


そろそろ私も家に帰ろう。

かれこれ1時間以上歩いている。

くたびれたし喉もかわいたしお腹もすいてきた。

鍵をカチャカチャ振り回しながら歩く。


あと少しで家、というところでふと視線を感じて見上げたら、誰かの家の2階の窓からサビっぽい猫がこちらを見下ろしていた。

ほう。3匹目。

サビっぽい猫はこちらを見ている。

私は知らない誰かの家の窓を見上げている。

どちらも動かない。

しばらく猫とのにらめっこをしていたけれど、

お腹がペコペコすぎたから猫を残して家に帰ることにした。


いつもの川のいつもと違う表情。

3匹の猫たち。

猫とだけあいさつする夜の散歩、ときどきはアリかもしれない。

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