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【短編小説集】走れ、ルドヴィカ!レディ・ベートーヴェンの物語

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もしもあの大作曲家が女性だったら、というテーマで書いた短編連作です。 アンソロジー「世界史C」http://f-fumikura.jugem.jp/ にも参加させていただいたもの… もっと読む
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記事一覧

【短編小説】走れ、ルドヴィカ! 1809年(39歳)

 革命の気風と共に故郷の町からウィーンにやってきて、今年でもう何年だっただろうか。
「………何やってんのさ、このクソ師匠」
「おや、こんな物騒な日によく大手を振って外を歩いてきたものですね。さすがは天下のモンゴル大王。怖いもの知らずというか、何と言うか」
 フランス軍の大砲の音が再び響き渡る。近くに着弾したらしく、すさまじい音と共に窓ガラスに振動が走る。
「あんたこそとうとうボケがはじまった

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【短編小説】走れ、ルドヴィカ! 1792年(21歳)

 ルドヴィカ・レジーナ・ヴァン・ベートーヴェン。『モーツァルトを超える天才少年!』と言う軽々しい宣伝文句の下、無理矢理デビューさせられてから、かれこれ10年以上の月日が流れていた。
「おい、姉貴、マジかよ……」
 楽譜の詰め込まれたトランクを小脇に抱え、いつもの様に足音も騒々しく階下へと降りてくるなり古びたテーブルの上にトランクを投げ出し、背中に愛用のヴィオラを背負ったまま『男物の』服をありったけ

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【短編小説】走れ、ルドヴィカ! 1778年(8歳)

 喜劇が始まったのは、彼女がまだ8歳の頃だった。
「イヤよイヤよイヤよイヤったらイヤッッッ!! 何であたいがそんなコトしなきゃなんないのさっ! このバカ親父!」
 故郷のボンからやや離れた都市、冬のケルンのうら寂しい宿屋の一室で、ほろ酔い加減の父親に追い掛け回されながら、黒々としたぼさぼさの髪を振り乱し、太い眉、大きな獅子鼻の周りにソバカスの浮いた背の低い少女が、少女らしさの片鱗も見いだせないアル

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