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【短編】君を甘やかしたい


 こてん、と首を傾けた彼が私の右肩に頭を預けてくる。

 ああ、もう飽きちゃったのかな、なんて察しながら、想定内のことなのですぐに諦めがつく。 私はテレビから視線を外さなかった。狭いアパートの部屋には明らかにサイズが合っていない幅広の液晶テレビには、昨夜私が録画しておいた恋愛ドラマが流れている。

 まだ観始めて10分ほどしか経っていない。ピンチに陥ったヒロインがヒーローに助けてもらい、ようやく運命的な出会いを果たしたところだ。

 そんな大事なシーンを、私の恋人はつまらなさそうに大きなあくびをしてまったく観ていなかった。かく言う私も、右半身に寄りかかれた重みと動向が気になってしまい、気もそぞろで半ばドラマの内容には集中できていないけど。

 飽きているというよりは眠たいのか、しきりにあくびを繰り返す彼。時折目元を擦る。必死に眠気を我慢しているようなその仕草が、何だか幼子みたいで可愛らしい。

 まだ時刻は夜の9時を回ったところだけど、しばらく休みを取れずに連勤していた彼はお疲れなのだろう。本当なら寝たいのかもしれない。それでも普段ならてんで観ない恋愛ドラマを珍しく一緒に観たいと言ってわざわざ私の隣に座ってきたのは、仕事が忙しくて仕方なかったとはいえ、会えなかった時間を気にしているからだろう。

 付き合い初めてから最低でも週に一度は必ず会っていた私たちにとっては、随分と会わなかった方だと思う。

 そりゃあ、本音を言えば寂しかった。でも彼は合間を見ては連絡をくれたし、会えない事情がある中で十分私の心を満たしてくれていた。

 だけどそれだけだと、君はまだ足りなかったんだろうなぁ。

 まるでパズルのピースがはまるみたいに、ぴたりと私にもたれ掛かりながら目を開いたり閉じたりとうとうとしている様子の彼を盗み見て、愛おしさがはにかみに変わる。

 私だって君不足だったけど、不足していたのは君も同じ。そんなお揃いの感情が、やけに嬉しくて仕方なかった。会えない間に募った憂いで曇っていた心が、一瞬にして晴れ空を取り戻す。

 少しでも長く起きて、体温を分け合える距離で時間を共有しようとしてくれている。その気持ちが嬉しかった。

「もう、ベッド行く?」

 彼の背中をあやすようにとんとんしながら尋ねる。
 私に温もりを預けて微睡んでいる姿を見られるのも幸せな時間だけど、さすがにこの体勢で寝ていては彼の疲れが抜けないだろう。明日は二人とも休日だし、今日のところはとりあえずゆっくり眠って休んでほしかった。

「……んー、いい。まだ起きてる。ドラマ終わってないし」
「でも、ずっとあくびしてるよ。無理して起きてなくてもいいのに。ドラマなら明日だって観れるんだから」

 言うより行動した方がいいだろうと、リモコンでドラマを止めてテレビの電源も落としてしまう。
 私もほとんど集中できていなかったから、いっそのこと後日に最初から観直すつもりだった。今はドラマの中の恋愛より、大切なこの人を優先したい。

「ね、私ももう寝るから。一緒に寝室に行こうよ」

 彼が子供なら軽々と運んで行けるのだけど、大の大人を担げる腕力は残念ながら私にはなかった。無理矢理引き摺れば連れていける可能性はあるかもしれないけど、実際問題、何とか移動を促すしか手段が見つからない。

「ん~、あと5分したら動く」

 すっかり目を閉じて寝ぐずりモードに入ってしまった彼は、ソファーから立つどころか私の膝に頭をのせて横になる。その流れが自然すぎて、簡単に膝枕を許してしまった。

 私からすれば全然寝心地がいいとは思えないけど、彼は穏やかな寝顔を無防備に晒している。前髪が流れて整った眉がよく見えた。

「ちゃんと5分で動くの? このまま寝ちゃいそうなんだけど……」
「大丈夫だって。ちゃんと動くから」

 彼の柔らかな髪をとかすように撫でながら、完全に寝入ってしまうのではないかと心配する。するとぱちっと開いた彼の目と視線が交わり、にこりと微笑まれた。それが何だか策士的な笑みにも見えてどきりとする。

 返ってきた声が寝ぼけている感じではなく、しっかりしていたのも意外だった。さっきまではもっと、ふにゃりとした柔らかい声色だったのに。

「もうちょっとだけ、こうしてて」

 彼の大きな手が、私のちっぽけな手に覆い被さる。それは彼の髪に触れていた手で、もっとしてというおねだりだった。

 私、こうやって甘えられると弱いんだよなぁ……。

 彼は、そんな私の心のくすぐり方をわかっているのかもしれない。隠しきれない幸福感で口元を緩めている私を見上げながら、彼は嬉しそうに私に頭を撫でられていた。

 きっと5分後には、彼より私の方がこのまま動きたくないと思っているに違いない。私はひっそりと、白旗を掲げた。


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