料理をしない人にお肉のことは分からない
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料理をしない人にお肉のことは分からない

中村安希

昨日また鹿が掛かり、114頭目を解体処理、精肉、そして調理しました。鹿が獲れると半日が潰れてしまう上に夜にはくたくたになって早く寝てしまうので、続けて掛かると私もだいぶ不機嫌になります。今日は掛かりませんようと祈りつつnoteを書き進めたいと思います。

* 冬の鹿肉は煮えやすい(傷みやすい)

昨日の鹿は雄でした。ずっと付けている解体日記には「鹿オス3歳くらい、後ろ脚煮え→煮込み料理、その他は利用」とメモしています。野生獣の肉を扱う難しさの一つは肉質が不安定なことですが、冬場の鹿肉は夏に比べて質が低く、特に冬の終わりに近い2月頃の肉は残念なことが多いです。これが猪だと逆になります。猪は冬場に皮下脂肪を蓄えますから、脂が乗って美味しくなる。

冬の鹿(特に1〜2月)がどう違うのかと言うと、筋肉の張りが全然違います。お腹いっぱい餌が食べられる夏場の鹿は、筋肉が張っていて、筋繊維の密度も高く(そのように感じられますが科学的には知りません)、見るからにプリッとしています。逆に冬場の鹿は、餌が少ないためか痩せてきます。筋肉が萎んで張りがなくなり、てろてろになり、全体的に目が荒いというか、スカスカな感じの肉になる。

加えて、冬場の鹿肉は煮えやすいという問題があります。肉が「煮えた」状態とは、止め刺し(心臓を突いて放血)した後の冷却不足によって、筋肉が自らの熱で温められて傷んでいく(煮えていく)ことを指しますが、私が勝手にそう呼んでいるだけで、業界的に呼び方があるのかどうかは知りません。肉が煮えると変色が始まります。透明感が失われ、透明感のある赤い肉が濁ったピンク色へと変わっていきます。匂いも変わります。独特の臭みが出てきます。

肉が煮える原因は定かではないですが、解体時の外気温が無関係であることは確かです。夏も冬も解体作業は屋外でやりますが、気温が30度を越える夏場より、冷蔵庫並みの温度下で解体する冬場の方が、圧倒的に肉が煮える。推測できる範囲では、冬毛の方が保温力が高いので、生前に筋肉に蓄えられた熱が死後もなかなか放出されず、時間の経過と共に肉が煮えてくるのかなと思います。止め刺し後すぐにでも被毛を剥げばいいんでしょうけれど、現状では解体場所の確保だけでも大変で、どうしても運搬に時間がかかってしまいます。

また、冬場でも肉が煮えない個体もあります。そういう鹿は、おそらく止め刺しがスムーズにいったケース(開始すぐに心臓を一突きに出来た場合)だと推測しています。集落近くで行われる害獣駆除は、はこ罠で捕獲することが多いですが、止め刺しまでに時間がかかると、鹿が檻の中で暴れ回って体温が上がってしまうのではないかと。そこにきて、冬の分厚い毛皮のせいで体温が逃げないために肉が煮えるのだろうと思います。

上記はあくまで推測ですが、年間を通して、大きい個体も小さい個体も、冬も春も夏も秋も、114頭のいろんな個体をあらゆる条件下で解体してきた結果として、現時点で考えついた私なりの答えです。(また変わるかもしれないけど・・・)

* 食べてみなければ分からない

ではなぜ私は、そんなにもお肉の質や状態にこだわっているのか?答えは明快で「自分で料理して食べるから」です。実は師匠だった栗田さんには、ここまでのこだわりはありませんでした。本人からは、鹿はしゃぶしゃぶがいい、とか、年取った鹿の肉はカツじゃないと食えない、とか、バンビの肉は最高、といった程度のことは日常的に聞いていたし、なんと言っても私にとっては初めて知り合った「猟師」でしたから、最初は「そういうものなんだな」と思い、言われた通りにやっていました。でもね、だんだんと「ほんまかいな?」と思うことが増えてきたんですよ。(笑)そしていつしか姉(私が作る鹿料理をずっと食べ続けている人)も疑い始めた。

「栗田さんって、実は鹿なんて食べてないんじゃないの?」

え〜っとねぇ、栗田さんはねぇ、1000頭以上分の鹿(猪)の肉を「うまいぞ〜」って配り続けた人でしたけど、実はご本人は、鹿肉なんてほぼ食べてないですよ。(笑)薄々は気づいてましたけど、はい、食べてないです。信じていた弟子としてはガクッときましたよね。なんや、自分は食べてないんかぃ!って。栗田さんはね、鹿肉を美味しく食べていた人ではなくて、「鹿肉が美味しいと思いたかった人」なんです。亡くなる前の最後の電話で「鹿料理研究して、レシピ本出してくれよ」って、私に遺言を残してるくらいですから。ご本人はトンカツとか牛すじ煮込みとか荒巻き鮭が好きでした。鹿は人に配るか犬にやるか……、おそらく大半は処理しきれずに捨てていたのではないかと。

そして、なぜ私と姉が、栗田さんが実は鹿肉を食べていないことに気づいたかというと、肉の質や状態を「料理して食べる人」の視点で見ていなかったからです。

* 解体する人の視点  vs  料理する人の視点

栗田さん本人はほとんど食べていなかったとは言え、少なくとも肉を配る前提で解体をしていた人ではありました。背割り(内臓に触れずに背中から肉を切り出していく解体方法)にこだわったり、止め刺しの時の放血をしっかりすることや、雑に運搬しない(打撲による内出血を防ぐ)など、肉を傷めない努力はしていました。ただ、栗田さんが気をつけていたことは、解体・精肉の現場に居れば誰でも気付く範囲のことです。そこからさらに、自ら料理をする、食べる、食べてもらう、という段階にくると、また違った世界が見えてきます。

栗田さんが亡くなった後、猟友会の支部長さんの解体を手伝っていますが、支部長さんも鹿肉の扱い方はほとんど知らないみたいです。(笑)いや、別にいいんですよ、支部長さんは鉄砲の名手ですし、鳥撃ちではすごい方ですから。でも鹿のことはあまり知らないみたいで、解体作業は私主導でやっています。狩猟の世界に長くいる方なので、もちろん知識としては分かっているし、そのおかげで、栗田式から改善できた部分もあります。ただ、支部長さんにとって鹿は、駆除対象であって食べる対象ではない(なかった)と思いますし、鹿を自ら料理をして食べるという経験は皆無なのかなと。撃ってきた野鳥は奥様が調理されてきたそうですが……。

だから私が解体しながら、

「今日の肉はこの時期にしてはいい方ですね」とか
「あ〜、ちょっと煮えてきてるなぁ、急がないと!」とか
「この血は別に大丈夫です。食べる時にはそんなに気にならないし」

などなど、ブツブツ言いながら手を動かしていると、

「ほうか、今日のはええか。この前のも確かよかったな?」
「いや、この前のは後ろ腿が半分以上煮えてましたよ」
「そうやったかなぁ。ほな、あんまり旨なかったか?」
「えっと…、あれはうちだとお犬様行きですけどね……」

のような会話になります。そしてやっぱり、栗田さんも支部長さんも「肉が煮える」ということが、なかなか理解できないみたいです。私からしたら完全に煮えていて犬でも厳しいかな……という肉でも、栗田さんは「そんなこと気にせんでええ。焼いて食うたらうまかったで」(でも食べてないでしょ!!!)などと言ってましたし、支部長さんはどうされてるのか知りませんけど、肉の半分は毎回持ち帰っていかれるので、人に配っているのか、捨てているのか……。お肉どうでした?って聞くと「うまかった」って返事がありますが、栗田さんと同じで、たぶんほとんど食べてないと思います。しょっちゅう「どないして食べてるの?」って聞かれますから。

支部長さんとの解体は、最近では腹割り(内臓を先に抜く)が多いですが、もちろん、胃袋や膀胱を破らないとか、血をしっかり抜くといったことは気をつけています。解体中も内臓は臭うし、血液は流れ出てくるので、解体していれば誰でもそこは気を遣う。ただ、肉が煮えるという感覚や筋肉(部位)の分かれ目がどこかということには無頓着です。支部長さんは栗田さんよりも理解はいい方です(鹿は専門外という意識があると思うので、割と私の意見を聞いてくれます)が、じゃあ肉が煮えたとして何がダメなのか、とは思っていると思う。う〜ん、それはねぇ、実際に肉を調理したら「あ〜ダメだ〜」って分かるんです。

煮えた度合いにもよりますが、煮えた肉でも煮込んだり味を濃くしてしっかりと火を通せば食べられます。味も食感も、煮崩れてしまえば違いさえほとんど分かりません。ただ、肉質が悪いと焼いて食べるのは無理だし、スライスにも使えません。(冷凍、スライス、再冷凍、解凍の時点で、煮えた肉は色が悪くなり繊維が壊れます。煮えてない肉は、このプロセスに耐えられる)

煮えた肉は色も悪いですが、肉本来の臭いとは違う別の臭いがします。でもその臭いは、解体現場ではなかなか気づけません。解体しているときは内臓周辺の臭いや糞尿が臭すぎて、肉の些細な匂いになんて構ってられない。切り分けた肉を家に持ち帰って「料理をするために肉を仕分ける」という段階まできて初めて気になることですから。

* 二人とも絶対食べてないでしょ!w または味覚がおかしい。

秋頃のことですが、朝10時ごろ解体に駆けつけたら「鹿が既に死んでいた」ことがありました。「朝はまだ生きていた」ということで、死後2時間以内だったと思います。でもね、それはもう死体なんですよ、肉じゃない。止め刺しで死んだ鹿と自分で死んだ鹿は同じではないんです。だからその日は、死体処理のボランティアなんてほんと勘弁してほしいと思いつつ、仕方がないので最後まで解体処理を手伝いました。

皮を剥ぎ始めてすぐに「死肉だな」と思いました。見た目も匂いも違うから、いくら「さっき死んだばかり」とは言え、そんなのは一発で分かります。でも支部長さんは全然気にしてなくで、「ほら、まだあったかいで」と新鮮さを強調。それでふと思ったんです。まさか、食べる気じゃないよね?って。(笑)

私の頭の中では、犬に食べさせるかどうか(犬は血生臭い方がむしろ喜んだりするので)、どの部分ならいけるか、どうやって処理するか、の判断に移っていました。解体中にも「やっぱり臭いますね」とか「色がもう・・」とか「やっぱり死んだ動物の肉ですから」とか、ブツブツ言いながらやってたんですが、帰り際に聞かれたんですよ。

「ほんでもまあ、大丈夫なんやろ?」って。

私が「死肉だ、死肉だ」って何度も言うから、あれ?もしかしたら本当にあまり良くない肉なのか?って、ちょっとくらい心配になったのかもしれないですが、そう聞かれたので、「死肉はさすがにアカンでしょ」って最後まで一貫して言い続けました。大丈夫も何も、死肉に鮮度もへったくれもないです、私からしたらね。で、その時に思ったんですよ、

「鹿の肉、絶対に自分では食べてはらへんわw」って。

檻の中で弱って死んでいく鹿は、暴れてもないし、格闘もしてないので、内出血もなく、刺し傷もなく、肉も煮えてはいません。しかもまだ温かく湯気だって出ている。だから一見するとすごくキレイな何の問題もない肉に見えるんです。でも、それを調理して食べるとなったら、肉にグッと顔を近づけ、鼻を近づけ、舌に乗った時のことを想像するわけですよ。肉に付着した被毛の一本、砂つぶ一つが気になるように、毛細血管に詰まった血液とその臭いがどうしたって気持ち悪いと感じるわけです。

* 料理して食べる、という前提さえあれば……

お肉配りをしていると、鹿肉が「臭い、硬い、汚い、不味い」などなどの理由で敬遠されることが多々あることは前にも書きました。なぜそう思われてしまうのか?それは多くの鹿が、おいしく料理して食べることよりも、狩猟や駆除を主な目的として捕獲解体されてきたからではないかと思います。とりあえずぶつ切りにして鍋にぶっ込んで、味噌などの濃い味付けでくたくたになるまで煮込んでしまえば食べられる、みたいな雑な感じで(もちろん、そういう食べ方には猟師飯の醍醐味があり、それはそれでいいのですが、一般家庭のキッチンでは嫌がられます)。だから、目的が「おいしく料理して食べること」に変われば、そして「家庭で抵抗なく料理して食べること」を前提とするだけで、解体における意識の持ち方はずいぶん変わると思います。

私は支部長さんに勧めてもらって「鹿の解体講習」にも2回参加しています(栗田さんも一緒に参加しました)。病気など問題の見抜き方など食品衛生に関わる内容から、部位ごとの解体・仕分け方などを、プロの解体業者(飲食店に肉を卸している方)の実演を見ながら学びました。その時に、「なるほど〜、そうだよね!そこ、疑問に思ってたんだよね!やっぱりね!」って、すごく納得しながら聞いていたんです。ちょうど栗田式で60頭くらい解体し終えていた頃で、栗田式への疑問や頭打ち感もあったので、タイミング的にも身になる講習だったと思います。そして最近になって支部長さんを説得するときに「これは講習でプロの方も言っていたことですけど、やっぱりこの部位というのは〜」みたいな話をしていた時に、支部長さんが言いました。

「講習行くと、やっぱり色々分かるもんやなぁ」って。

そうですね。確かにそうです。講習を受けてよかったです。でもね、「もちろん、行ってよかったですよ」と前置いて、私はこう続けました。

「でも色々分かったのは、結局は自分で料理をするからです」

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