見出し画像

『樹木たちの知られざる生活~森林管理官が聴いた森の声~』(読書メモ)

「糸状菌のついた木があれば分けてもらえませんか?」

 突然の連絡を受けてまず私がしたことは、糸状菌という聞き慣れない言葉をネット検索することだった。糸状菌とは、森の中の朽木などに付着する文字通り「糸状の菌」のことで、蜘蛛の巣のようなものらしい。連絡をくれた女性とは直接の面識はなかったものの、私が山の間伐作業に従事していることをSNSで知りメッセージをくれたということだった。畑を森と同じ環境にして土を作り、微生物や菌に助けてもらって野菜を育てる。農薬を使わないことに加え、糸状に張り巡らされた菌が周辺の土壌から栄養分を集めてくるため肥料さえも必要としない。そんな農法をやってみたいということらしい。

 私はすぐさま森に向かった。朽木が多くある場所、日当たりが悪くじめじめしていて、キノコや苔が生えそうな斜面を重点的に歩いて回った。そして腐りかけた枝や虫の食った木片を裏返し、白い系の塊に一つひとつ目を凝らした。それらしきものは、ざっと見ただけでも数種類あり、どれが本物の糸状菌かは分からなかった。私は適当に集めた朽木を、そこに巣食う虫たちと一緒に袋に詰めて森を出た。

 集めた朽木(糸状菌)を引き取りに来た時、彼女はこれから糸状菌を混ぜ込んだ畝を作り、3ヶ月ほど寝かせて土づくりをすると言った。それから苗を植えて野菜ができたら、私に分けてくれる約束もした。なんとも楽しみな話である。ただ一方で私は、無農薬無肥料栽培はそれほど簡単なものではないと予想していた。雑草にやられ、虫に食われ、期待と現実との落差の前に意気消沈する彼女の姿は、できることなら見たくはなかった。だからあのとき、私はこう言い添えたのだ。朽木についた虫たちが、畑に多少の害を及ぼすかもしれないと。

 前置きが少し長くなったが、「樹木たちの知られざる生活」の著者ヴォールレーベンは、大学で林業を学び、卒業後は役人として森の管理に携った。しかし人間社会の都合に合わせた管理のあり方に疑問を覚え独立したという経歴の持ち主である。なるほど、だから本書はこう問いかける。

 では、樹木社会の都合はどうなっているのか?木々はいかにして森を管理してきたのか?

 森の生態について書かれた本はたくさんあるが、樹木の目線に立って書かれている本は多くはない。そこが本書のユニークな点である。

ここから先は

3,317字

身の回りの出来事や思いついたこと、読み終えた本の感想などを書いていきます。毎月最低1回、できれば数回更新します。購読期間中はマガジン内のす…

身の回りの出来事や思いついたこと、読み終えた本の感想などを書いていきます。毎月最低1回、できれば数回更新します。購読期間中はマガジン内のす…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?