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酔いざまし

 昼過ぎに学校に着いて、まっすぐ保健室を訪れる。
 あいかわらず、世界の果てみたいに虚ろな雰囲気だ。窓から射しこむ太陽の光も、生命力を失ってただの白い影と化している。
「また二日酔いなの」校医の先生はわたしの状態をひと目でみぬく。「未成年のくせにしょうがない子。午後からは出席しなさいよ」
「素面で高校生なんかやってられません」ベッドに腰かける。「頭は痛いし、胃はむかむかするし、授業なんか受けられないよ」
 わたしは先生を見つめる。この校医が野暮ったい髪型と眼鏡で妖艶な美貌を隠しているのを、何人の男の子が気づいているだろう。みんな目が節穴だ。
 紅色の唇からため息をもらして、先生はもう一度「しょうがない子」という。
 ドアが施錠され、カーテンが閉められる。
 うす暗い保健室は、奇妙に精彩を増す。
 先生の十指が、わたしの頭に添えられる。こめかみから上の部分を、ジャムの蓋みたいにねじる。かわいた音をたてて、頭蓋がはずされる。それを脇に置いて、先生はそっとわたしの脳を取りだす。水を張った洗面器に、皺だらけのぶよぶよした塊を浸ける。
 脳を冷やすあいだ、先生はわたしの口にすぼめた手を差しいれる。食道から胃へ、袖をまくった腕がねじこまれる。胃の内側をつかまれて、裏返しにひきずりだされ、未消化の内容物が掻きだされる。
「荒れてる。どれだけ飲んでるの」先生はあきれ顔だ。たしかに、胃壁はところどころ血がにじみ、白く腫れている。消毒液をひたしたガーゼで患部を拭いてから、先生は傷んだ箇所に軟膏を塗ってゆく。
 胃を体内におしこみ、ひきしまった脳を戻して、頭蓋をはめこむ。
「どう、よくなったかしら」
 先生の問いにうなずく。頭痛も胃もたれも、あらかた引いている。悪いところを直接洗うのだから、効くのは当然だ。
「先生」何度でも同じことを訊かずにいられない。「こんなふうに治せるってことは、逆もできるんでしょう」
「たまに、やる」すさまじい返事もいつものことだ。
「いつかそっちを、やってよ」
「あなたが前向きに生きてみたくなったらね。死にたい子どもを死なせてもおもしろくないもの」
 なまめかしくほほえんで、先生はわたしの頬を撫でる。その指に殺される日をうっとりと想像しながら、わたしは教室に向かう。

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