魔法使いと プロローグ
あんたと、出逢うはずじゃなかった。
交わらないであろう2つの世界が交わったとき、はたしてどうなるのか。
魔法使いと男の話。
◇◇◇
お久しぶりです。
前ちらっと言っていたお話をゆるゆると始めていくつもりです。
お付き合いいただけたら幸いです。
◇◇◇
プロローグ 春の夜、そして別れ
「それじゃあ、そろそろ」
魔法使いは、もう行くね、と手を振った。
フードの下からのぞく顔は、線の細い、まだ少し幼さの残る青年のものだった。
男が買ってやった「アイアムアヒーロー」と書かれた半袖Tシャツとジーンズ。軽く羽織った黒いローブがアンバランスだった。スタイルはいいくせに、その組み合わせで全てを台無しにしている。
茶色がかったくせ毛は出会った時よりだいぶ伸びている。
肩にかかったやわらかな髪に、結局、一度も切らなかったな、とぼんやりと思った。夏が来たら、切るか、髪ゴムでまとめようと思っていたのに。次は結局、来なかった。
対する男は少しだけ、困ったように眉を下げた。
もう行くのか、も、もう少しいてほしい、も、男は口にしなかった。こんな日が来ることはずっと昔、それこそ出会った時からわかっていたことだったから。
「元気で」
ただそれだけ口にして、男は魔法使いに拳を突き出した。そこに握られた小さな包みを、目を丸くする魔法使いに半ば無理やり押しつけて、とん、と右肩を押す。
ほら、行けよ。
仏頂面になっている自覚はあった。男は元来、表情の変化に乏しいと言われていた。
厳つい見た目で誤解されることが多い男に、最初からにこにこ笑いかけたのは魔法使いだけだった。
それがひとつの理由だったのかもしれない。
行くところがないと言われ、気の迷いで拾い、そして絆された。懐いてくる子犬のような、無邪気さで、魔法使いだと言われると信じざるを得ない世間知らずと天然さで、いつしか彼の隣は居心地がいい場所になった。
本当は、ずっと一緒にいれたらよかったけど。
口が裂けても言えない気持ちを飲み込んで、魔法使いを促す。
「今まで、本当に、ありがとね」
魔法使いはふわりと笑って、改めて男に向き直った。昼間に花見をした桜の木の下で、まんまるの月を背負って立っている。
じゃあ、ばいばい。
「こちらこそ、感謝してる」
男の言葉は届いただろうか。
パチリと魔法使いの指の音が鳴るとともに、男の目の前で風がぶわりと吹いた。桜の花びらが舞い、視界を遮る。男は一瞬、反射的に目を閉じた。
その一瞬、その一瞬で、次に目を開けた時には魔法使いの姿は消えていた。
ああ、いってしまったのだ。
男は黙って立っていた。桜の花びらが数枚、はらはらと落ちる。
魔法使いは本当に魔法使いだったのだな、なんて思う。
普段、魔法を使えるそぶりなんてろくに見せなかったくせに、最後の最後でこれだもんな。
男にとって、魔法使いが魔法を使えようが、使えなかろうが正直どちらでもよかったのだ。
だけど。
こういう形で実感したくはなかった。あいつと俺は、文字通り住む世界が違った、なんて。
迷子はいつか、親元に帰る。そうだろう?
わかってはいて、だけどやっぱり、ただひたすらに、寂しかった。
あたりまえがずっと続けばよかったのに。
ある春の日の夜、交わった二つの世界は再び分かたれた。
…continued
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