【Vol.22】水商売の女は助けを求めていると思いたがる男:山田
女には皆お姫様願望があるという。では、男には王子様願望があるのだろうか。
正確に言えば、王子様願望というより、ヒーロー願望があるのではないだろうか。
苦境に落ちている人間の目の前に颯爽と現れ、相手を助けて、感謝されたい。
そんな願望を持つ男、山田の話をちえりは今、聞いている。
One night's story:山田
「疲れてるな。お前は不器用な女だから辛いだろう」
山田は、店の中でしか会っていない、その上、会った回数も今日が三回目のわたしの、何もかも知っているかのように、そう言った。
確か、わたしが先程言ったのは「昨日、買った本が面白くてつい読みふけって。だから寝てないんですよー」という言葉である。
たしかに寝不足だ。たしかに、そういう意味では、疲れている。
そう思いながら、わたしは、何も言わずにドリンクを飲む。
「俺が話を聞くくらいなら出来るから。お前のことを助けてやるから」
山田が続けてそう言ってきた。
なるほど、こいつはいわゆる助けたがり男なのだ。
そう思いながら、私は、
「どうしてわかっちゃうの? 私のこと、全部見通してるみたい」
と、髪の毛を顔にかけ、流し目であらぬ方向を見れば一丁あがりの、寂しげな横顔を作った。
水商売の女は助けを求めていると思いたがる客は多い。こういうタイプの客を、わたしは、助けたがり男、と分類していた。
正確に言えば、誰かを助けている俺が大好きな男、という事だ。
助けたがり男は、実に身勝手なルールがある。
それは、『お前は俺に助けられなきゃいけない。そして、助けられたと感謝しなければいけない』というものだ。
そのルールが余りにも強固に自分の中に存在しているため、単に昨日、寝ていないという話にすら「お前は不器用な女だから辛いだろう」という答えを返してくる。
そもそも、助けを必要としている、と思う時点で大きく勘違いしている上、『感謝されたい』という気持ち悪い期待をしているこういう男は、本当に始末に終えないものだった。
俯いたわたしの顔を見て、なれなれしく肩に手をかけてきた山田は、
「もっと素直になれよ」「お前が本当は弱いのを知っているのは俺だけ」
など、どんどん増長していった。
さて、次はなみだ目で「そんな事を言ってくれるのは山田さんだけ」などとでも言っておこうか。
あくびを噛み殺して、潤んだ目の仕込みをしながら、わたしはそう考える。
客の期待にも、いろいろな種類がある。単にやりたいだけや寂しいだけなら、わたしにも理解が出来る。しかし、その自分の寂しさを他人を助けたい自分とすり替えている男が、わたしは一番苦手だった。
何故なら、彼らは、頑張ったけど助けられませんでした、ということを許さないからだ。
努力したんだから、報酬をくれ。
まるで、そう言うように、助けたことに関して、感謝を強要するからだ。
そしてその努力も大抵、悲しい程に、お門違いだった。
適当に飯をおごって、「俺だけがお前のことをわかっている」と勘違いした台詞を吐き、
「俺は人よりいろんなことを経験しているからわかる」と退屈な俺自慢を語り、
「俺には何でも話せ。話を聞いてあげたいんだ」と自分にとって嬉しい言葉を吐くように、女を促す。
わたしは、その男の醜態を見る度に、疑問に思った。
全部、自分にとって気持ちのいいことをしているだけなのに、何故、それを努力と呼べるのだろう。
オナニーを見せられているだけで、「お前も気持ちよかっただろ?」と言われているみたいだ。
いや、ごめん、私、服も脱いでない。むしろ、強固な鎧を着ています。
お前は、わたしに一瞬も触れていないから。
いつも、そう言ってやりたくて仕方がなかった。
助けたがりの男が描く、キャバクラ嬢ストーリーは実に単純だ。
落ち込んでるキャバクラ嬢に優しくする。女は俺に頼り、お客扱いなどしなくなり、外で会うようになる。俺のアドバイス通りにしていい女になり、俺のことを尊敬し、感謝し、必要とし、「私のことをわかってくれるのはあなただけ」と心も開き、股も開く。
そして、助けたがり度が強ければ強い程、そのストーリー以外を認めない。
助けたがり男は、実は相手の気持ちなんて考えていやせず、オナニーに夢中なだけだからだ。
しかし、キャバクラの客に限らず、オナニーを見せているだけで「お前も気持ちよかっただろ?」と聞くような男は多くいるのではないだろうか。
人間は誰しも自分の作った設定の中で生きている。
セルフイメージという自分自身が描く自分像、そして、そのセルフイメージを保つために人からこう思われていると自己設定している自分像だ。
しかし、その自分が勝手に作った設定どおりに他人が動くとは必ずしも限らない。
山田のオナニーを延々見せられて疲れたわたしは、そのようなことを女達に話した。
「思い通りになんかいかなくて当たり前だよね」
わたしはふと、そう呟く。
「でも、思い通りにいかないことを周りのせいにした方が楽なのもわかるよね」
女が、そう返す。
「どっちにしろ、お客の勝手な期待が裏切られてもしったこっちゃないんだけどさ」
わたしは大きく伸びをして言う。
『弱い女を助ける俺』というセルフイメージが欲しいなら、金を払う客としてならばいくらでもあげられる。
けれど、山田が本当に欲しい「自分が必要とされている実感」はわたし達にはあげられないものだった。
「ま、酔った男の言うことなんて何一つ信用できないって事ですよ」
「信用なんてしたことないから別にいいけどねー」
「ねー」
そんな風にわたし達は話して、帰路についた。
かつて、ちえりをやっていた2022年の晶子のつぶやき
※注:こちらは、2012年に出版したわたしの自伝的小説『腹黒い11人の女』の出版前に、ノンフィクション風コラムとしてWebマガジンで連載していたものです。執筆当時のわたしは27歳ですが、小説の主人公が23歳で、本に書ききれなかったエピソードを現在進行形で話している、という体で書かれているコラムなので、現在のわたしは23歳ではありません。
小説版『腹黒い11人の女』はこちら。奄美大島では、名瀬と奄美空港の楠田書店さんで売っています。
さて、この回。この回が女性陣には評判がよかった。水商売経験はないけど、若いうちから社会に出た女の子たちが褒めてくれたな。
いるんですよ、こういう人! なんか知らないけど、「お前は俺を頼るべき」って上から目線で頼んでもないのに言ってくる人、しかも単なる仕事相手なのに!
まあ、女の口説き方の常套句で、「弱ってる女ほど落としやすい」ってのはありますから、それを意識的か無意識か知らないけどやっているんだろうけど、
「いや……たとえ弱っていてもあなた仕事相手だしあなたに落とされたくないからそれ話さないし、ていうか……わたし、全然元気……」
みたいなね。むしろ、疲れさせているのはあなたです、みたいな。
あるあるっす、あるある。
まあ、今振り返れば、店内でこういう風に振る舞う人は親切な人だったのかもしれない(あくまでもキャバクラの店内ではね。仕事相手とかにやったらまじで単なるパワハラでセクハラだから気を付けましょう)。ただ、女性との距離の詰め方が急なタイプだったのかもしれない。あとは、前にキャバクラでこういう風に振る舞ったら、ほかの女の子が泣いていろいろ話してくれて嬉しかったのかもしれない。しかし、その女の子が話した身の上話はすべて嘘なのかもしれない。
という、なんというかやっぱりキャバクラは大人のディズニーランド。虚飾だと思って楽しむところ、でも、やっぱり人間同士だから、虚飾じゃあない関わりも生まれる時もあるんだけど、店の女の子とお客さんは、店と指名というシステムの中にいるのでその関わりは難しい、というのが実状ですね。
昔、ディズニーランドのパレードとステージのダンサーだった男性と話したことがあって。
ディズニーランドのダンサーはかなりの狭き門。彼は着ぐるみを着る役目じゃなくて、生身のいわゆる王子様やヒーローを演じる係で、永年勤めていたから当然、ファンもできる。
彼の出演するステージを必ず見に来るお客さん、プレゼントや手紙をくれるお客さんもいる。
それはすごく嬉しいし、ありがたい。
でもさ、当たり前だけど、職業として、そのファンの人たちにディズニーランドのステージ以外で会っちゃだめだよね。
彼いわく、
「好きでいてくれていつもステージを見に来てくれる人は本当嬉しかったしありがたかった。でも、やっぱり、演じている役柄と生身の俺は違うから。まあ、手紙にプリクラと電話番号があって可愛かったりすると、グラッとは来るけど、ていうかそんなお客さんとプライベートで会ったらクビだしね。それにやっぱり、夢は壊しちゃだめじゃん」
とのことでした。
そう! キャバクラはお客さんと同伴以外で会ったりしたらクビの所もかなり多いんです。ていうか、「あの子、お客さん個人的にひいて、枕営業してるんじゃないの?」と店内で疑われます。罰金があるところもある。
まあ、枕前提で女の子働かせてるお店もあるし、それわかってて働いている女の子もいるけど、いわゆる普通のキャバクラで仕事のできる女性、認められる女性は「同伴以外ではお客さんと会わずに効率的に指名をとれる」人なのです。
ちなみにアフター(店が終ったあとにお客さんと付き合って飲むこと)もかなり管理されているお店が多いです。送り(遠方の女の子を店のスタッフが車で送る)があるから、○時には必ず帰るって言っておかなきゃいけないし、入店して数か月はアフター禁止のところや、先輩とじゃなきゃアフターに行ってはいけない、もしくはアフターで行くなら系列店のバーのみ、のところもある。
で、もちろんこれらの店内ルールは、お客さんに言っちゃいけません。
だって、アフターに誘う人は大抵そのまま居酒屋→ラブホコースでセックスしたいわけで。
いや、送りあるんで、ていうか店クビになっちゃうし、あなたの愛人になる気もないから、完全に無理です。
となったら夢が壊れるじゃないですか。
ワンチャン夢見る気持ちがなくなっちゃうじゃないですか。
店に行くモチベーションが下がるじゃないですか。
キャバクラにいる女の子は『キャスト』とよく呼ばれるし、ディズニーランドのアルバイトもキャストと呼ばれている。
一緒にするな、というところもあるかもしれませんが、でも、役割とキャラクターを演じているのは一緒なんですよね。
最近、この昔の連載コラムをわざわざ掘り起こしているのはなぜかな、と自分でも疑問だったんですが、理由がわかりました。
書いていないことがあるから。これを書かなきゃ、この『腹黒い11人の女』は完結しないから。
自分でも世間の評価としても、この二作目は「キャバクラ嬢の日記」「ストーリーとしての完成度が低い」と言われていて。そうなんですよね、確かにエピソードがすべて断片的なの。
ところで、わたしは、十代の頃、風俗嬢、水商売の方が書く小説がすごく好きだったんです。
夜の仕事で会った女の子たちに薦めると、「わかる、これ、本当に読んでよかった」と言われる一冊。わたしが人生で多大なる影響を受けた、山田詠美先生の一作です。作家という仕事が、人を生かす仕事であることを疑ったことがないのは、詠美先生のおかげです。本当に、心から。
バイセクシュアルの執筆当時現役のSM嬢だった藤森直子さん。この本はもともとは藤森さんのブログから生まれました。著作は二冊しかないけれど、藤森さんの深く透明な誰にも触れない遠くの青い水のような文体と世間一般的にはどうしようもない、と言われるような人びとと自分を見つめる目が本当に好きです。もう何年も新作は出されていないし、ブログも更新されていないけれど、藤森さんの新作をいつか読めることを夢見ています。
『風俗嬢菜摘ひかるの性的冒険』などのエッセイが好評を博していた菜摘ひかるさんの初の小説集。菜摘さんの文章は、血の赤と透明な唾液のような色合いを感じます。殴られて歯が折れた時の口の端から溢れる唾液と血のような、その熱さと塩辛さで生きていることを確認するような、そんな文章です。早くにお亡くなりになってしまったことは残念だけど、精力的に活動されていた方なので多くの著作が残っています。ぜひ、皆さまに読んでほしいです。
こちらの三作を思い出しつつ考えてみると、自分の作品がなんで完成度が低いかがよくわかりました。
その当時のわたしがわたし自身として「自分がなぜこの題材をどうしても書きたいのかわかってないし、気付いていない」、そして、現実面としていろんな状況として書くことができなかった、通底して響くメインテーマを書いていないから。
20年経ったからようやく書けるし、なぜ、わたしがこれを忘れることができなかったのかが、ようやくわかって嬉しいです。
スピンアウトコラムの連載後、何らかの形でこのことを書くと思います。
起きた出来事は変えられなくても、どんな気持ちで空を仰ぐか、世界を見るかは選ぶことができる。
引き続き、気の向くまま更新していきます。
それじゃあ、またね!