【第5回】「こいつ、子ども堕ろしてすぐに新しい男とやれるような女なんだぜ」
それからも永樹は家事をしては、出勤する私を見送り、出迎え、休日は東京観光に出かけたり、二人で家でレンタルDVDを眺めて過ごしたりした。路上で拾っただけの男だった筈なのに、永樹はいつの間にか私の側にいて当たり前の存在になっていた。その前から、何人かいたセックスフレンドとは連絡すら取らなくなっていた。その存在自体が頭から消えていた。
だが、ある日の深夜、そのセックスフレンドの一人、吉澤が家の前にいた。
我が家は古いアパートでオートロックなど付いていない。今までも別れ際に揉めた男が夜に待ち伏せをしていた事があったが、そういう時は大抵、乗り換えた男が何とかしてくれていたので問題なかった。だが、その時の私は丁度送りの車から降りて、コンビニエンスストアに寄って来た所で、一人だった。
「久々だな。近くに来たから」
吉澤は赤い酔った顔でそう言った。息から、酒の香りがぷんとした。
吉澤は二年前程から何となく周囲にいた男の一人だった。連絡なく突然来たり、深夜にいきなり呼び出してきた事も多かった。吉澤の連絡は、いつも丁度帰り道だったり、一人でいる事がつまらないと思っていた時にあった。だから、私はよく誘いに乗っていた。ところが、今は思い切りタイミングが悪い。私は、吉澤から少し距離を置いて言った。
「久しぶりだね。結構、酔ってる?」
「あぁ、ちょっと飲んでて。部屋で、水、飲ませてくれない?」
「うーん。今日は、私、疲れてて。ちょっとすぐ寝たいんだよね」
「大丈夫、水を飲んだらすぐ帰るから」
水を飲むだけで済む筈がないだろう。そう思いながら、私は吉澤をどのように穏やかに帰らせるかを思案していた。すると、私の部屋の窓ががらりと開いた。永樹が、窓から顔を覗かせていた。
「純さん!」
永樹が、そう叫び、ドアから転がり出るように私の元に来た。
「大丈夫? この人、誰?」
永樹が、私を庇うように前に立ちながら言った。
「誰って、それはこっちの台詞だ」
吉澤が、不機嫌な調子で言った。
「あんまり大きな声出さないで。近所迷惑じゃん」
仕事で疲れたし、永樹とご飯を食べて風呂に入ってさっさと寝よう。そう思って帰ってきた私からすると、この状況は面倒でしかなかった。その感情が、思い切り顔に出ていたのだろう。吉澤が、私を睨みながら言った。
「お前、いつの間に男と住むようになったんだ」
その言い方に、かちんと来た。突然、連絡が来るのも、急に呼び出されるのも、私の気分が乗っている時なら構わない。だが、吉澤は今まで私を大切になど全くしていなかった。気まぐれに自分の都合のいい時に連絡をしていただけだった。なのに、よく、所有権を主張するような事を言えるものだ。
「私、お前って言われるの、すごく嫌い」
そう言うと、吉澤は「お前はお前だろ」と言ってきた。
「嫌いって言ってるんだから、止めてよ」
「じゃあ、この男なら『お前』って呼んでいいのかよ」
「永樹はそんな事、言わないよ」
「永樹っていうのかこいつ。見た所、若いな。お前、金とか毟り取られて、こいつにいいように使われてるんじゃねぇの?」
にやつきながら、吉澤がそう言った。瞬間、頭の中で何かが弾けるような音がした。
「いいように使っていたのはそっちでしょうが」
いつもよりも数段低い声で、私は吉澤に言っていた。
「別に、あんたが、この女、やりまんのビッチだから適当に遊ぼうと思ってたのは構わないよ。でも、人を適当に扱ってる癖に、自分は適当に扱われたくない、とかないでしょ。あ、ひょっとして、まさ、この女は俺に適当に扱われてる事に気付いてないとか思ってた? そんな訳ないじゃん。私も適当に遊びたかったから、それでいいと思ってただけだよ」
吉澤の顔が、一気に赤くなり、膨れ上がったように見えた。
「お前」
そう言って、吉澤が一歩を踏み出した。すると、永樹が吉澤の腕を掴んだ。
「純さんの言ってる事、その通りだと俺も思うけど」
「てめぇに何がわかるんだよ」
吉澤が、永樹の手を振りほどこうとしながら、叫んだ。
「少なくとも、自分がした事は、自分に返ってくるという事ぐらいはわかってるつもりです」
永樹が、静かに言った。すると、吉澤は、一瞬ぐっと言葉に詰まった。けれど、その次の瞬間、大きく口を空けた。
「じゃあ、こいつも、自分がした事がそのうち、自分に返ってくるのかもな」
吉澤が、私をにやにやと眺めながら続けた。
「こいつ、子ども堕ろしてすぐに新しい男とやれるような女なんだぜ」
こちらは、わたしの二作目の小説、『腹黒い11人の女』の登場人物のひとり、純を主役にした、恋愛アンソロジーコラム『君に会いたい』に収録されていた短編小説『尻軽罰当たらない女~腹黒い11人の女~』の再掲載です。
小説版『腹黒い11人の女』はこちら。
恋愛短編小説集『君に会いたい』はこちら。ともに絶版になっているのですが、古本ではお買い求めいただけます。
そのうち、どこかでまたまとめられるようにしたいと考えています。
こちらの短編小説『尻軽罰当たらない女』は、全9回の予定です。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
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