見出し画像

【Vol.23】【ちえりの独り言】金、金、金は魔法の呪文。

 世間では、キャバクラに勤める女は高給を貰っているということになっているようだが、現実は全く違う。

  そりゃあ、新宿や六本木あたりの有名店で指名を沢山取っている女達は稼いでいるだろう。だが、わたしがいる店のような場末では時給はせいぜい二千円程だ。


One day Chieri's soliloquy


 一日、夜の八時から二時まで六時間働くと日給は一万二千円。

 それで月に二十日働いても二十四万円。更にそこからお客に渡す名刺代、制服のクリーニング代、そして帰りの送迎の代金、遅刻や欠勤をすれば三日分以上の給料が吹き飛ぶような罰金を引かれる。

 そうなると給料は月にせいぜい二十万円いくかいかないかぐらいになる。

 最も、ナンバー1の女は別だ。常時、指名が5~6人はいるような女なら時給は五千円近くになる。

 頑張って結果を出せば時給が上がり、頑張らなければ最低時給。ある意味でキャバクラは普通の企業よりシンプルな給与体系をしているのだ。

 かく言うわたしは、現在、指名はノルマをクリアできるぎりぎりしかない。だから、給料も月に二十万もいかないくらいだ。下手をしたら昼間の仕事をしたほうが給料がいいくらいである。

 だが、今のわたしは、昼の仕事をする元気も勇気も湧いてこなかった。

 こうして、日銭を稼ぐだけで、じりじりと若い女であることをすり減らしてしまうのだろうか。

 このまま、泥の中に埋もれたような気持ちで生きていくのだろうか。

 そう思うと、足先が小さく震えた。けれど、それでもわたしは店に行かなければならなかった。

「ちえりちゃん、急いで着替えてヘルプついて!」

 店に入るなりに店長が慌てながらそう言ってきた。

 店は既に満席だった。こんな気分の時に限って店が混む。わたしは、あたふたする店長に急かされて裏の更衣室へ向かった。

 更衣室は出勤前の女達で満杯になっていた。わたしは赤のエナメルのコルセットとミニスカートを履いて、赤の網タイツをガーターで釣り、同じ赤のエナメルの先が鋭角的に尖ったハイヒールを履いた。

「ちえり、つけまつ毛の糊持ってない?」

 わたしと同期に入ったあいが、黒のキャットスーツを身に付けながらそう聞いてきた。

「わたし、つけまつ毛がどうもうざくて自まつ毛派」

「あ、わたし、あるよ」

 わたしより一年先輩のまながグロスを塗る手を止めて、あいにつけまつ毛の糊を渡した。あいはまなに礼を言い、まぶたを指で持ち上げながらつけまつ毛を貼り直した。

「ちょっと、あい口開け過ぎ」

 まとめた髪を直していたまりかが鏡越しに言う。

「今、相当、不細工な顔してるよ」

 出勤前の腹ごしらえにおにぎりを食べていた純がそう言う。

「今日、メモ男と同伴でしょ? そんな顔見たら、メモ男の百年の恋も冷めるかも」

 まながにやにや笑いながら言う。

「むしろ、冷めて欲しい。あいつ、本当うざ過ぎる」

 つけまつ毛をきっちり貼り、切れ長で黒目がちの二重が更に迫力を増したあいが答える。

「まぁ、でも、指名稼げるじゃん」

「だよね。金、金、金は魔法の呪文ですよ」

「そうだよ、すっきり稼いで終わった後、皆で飲もうよ」

「あ、いいね。それ」

 女達は、忙しなく身支度を整えながらそう話していた。

「ちえりも今日、終わったら一緒に飲まない?」

 あいがそう聞いてきた。

「行く行く。今日、あんまり混まないといいな」

 わたしは、ガーターベルトの位置を直しながらそう答えた。

 すると、あいはこう言った。

「いや、混み混みにしてばりばり稼ごうよ。それで、楽しく飲もう」

 あいはそう言って、下唇を上唇できゅっと挟み、口紅を馴染ませて店内へ向かった。続いて、女達が次々とフロアへ出て行く。

 女達の誰もが、エナメルのボンテージに身を包み、長いまつ毛をしばたたかせ、唇をとろりと艶めかせて、最上級の笑顔を浮かべている。

 わたしは、自分の頬をぱんと両手で叩いた。

 嘘でも義理でもいいから、笑顔になろうと思った。

 そうしたら、それが本当になるような気がした。

 今いる場所のことをきちんとやろうと思った。

 今、自分に出来ることはそれだけだということを認めなければ何も始まらない気がした。

 フロアでは、既に女達が嬌声を張り上げている。

「え、シャンペンいっちゃってもいいんですか?」

 誰かのそんな声が漏れ聞こえた。

 全く、うちの女達は仕事が早い。

 わたしはそう苦笑しながら、金、金、金、と心で唱えた。そして、最上級の笑顔を作った。

 鼻の下を伸ばした酒臭い男達を、ちやほやして甘い言葉を吐いて、いい気分にさせよう。

 ガーターベルト丸出しのとんでもなく短いスカートを履きながらも、一瞬たりとも触らせず、それで金をふんだくろう。

 それが、わたしの今の仕事。

 そして、それをしているのは、けして、わたしだけではない。

「ちえりちゃん、一番の席、お願い。ドリンクかなり貰えると思うからがっつり稼いじゃって!」

 店長からの指示に「もちろん」と答えて、わたしは一番テーブルに向かった。


かつて、ちえりをやっていた2022年の晶子のつぶやき

※注:こちらは、2012年に出版したわたしの自伝的小説『腹黒い11人の女』の出版前に、ノンフィクション風コラムとしてWebマガジンで連載していたものです。執筆当時のわたしは27歳ですが、小説の主人公が23歳で、本に書ききれなかったエピソードを現在進行形で話している、という体で書かれているコラムなので、現在のわたしは23歳ではありません。

 小説版『腹黒い11人の女』はこちら。奄美大島では、名瀬と奄美空港の楠田書店さんで売っています。

 さて、男性ターンも10回を超えて、この次からは『二人、いつか稲穂が輝く場所で』と題して、小説版に入れるつもりだったけれど、入れられなかったエピソードになります。

 今回はその前に、閑話休題の回です。

 次から始まる『二人、いつか稲穂が輝く場所で』は、このスピンアウトコラムではあえて書いていなかった、『キャバクラ嬢のお客さんに対する罪深さ』にスポットを当てた回です。

 このあたり、連載当時は計算で書いていた部分もありました。Webでの文章って強い言葉だったり、ある種、一方的な話である方が好まれるんです。あと、今は違うかもしれないけれど、長すぎると読み手が離脱しちゃう。だから、ある程度、わかりやすい話にしているんですよね。

 そして、連載先が女性向けの媒体だったから、かなり女性サイドの見方に寄せています。

 わたしは「男女関係は金と暴力が絡まなきゃ喧嘩両成敗」というのがモットーなのですが、それはある意味、キャバクラも一緒で。

 本当にこの人、わたしのことが好きなんだな、と思ったら、そりゃあ、胸も痛くなるんですよ。

 次回からは、小説版に近い語り口調での短編になります。

 あ、最近、また現役で夜の仕事をしている人だと勘違いされているようですが、毎回書いているように、これ10年前の連載コラムを再掲載してるんだってば。

確かに島に来てから頼まれて短期のバイトをしたことはあるけど、今はしてないですよ! 

 もう、勝手に勘違いしないで、直接面識ある人なら、ちゃんと直接聞いてほしいです。

 てことで、直接面識ある人は遠慮なく聞いてくださいね。その方が本当、気楽で助かります。

 知らないところで勝手な噂が回ってるなんて、全世界を信じられなくなるような気持ちになるよね。

コロナで、勝手な噂話や風評がどれだけ人を傷つけるか、人の人生を壊すか、その周囲の人を絶望に叩き込むかを、皆さま、よくわかったと思う。

 負の歴史は繰り返しちゃだめです。だから、わたし達は歴史を学び、人と繋がり、支え合い、助け合うんです。

 わたしは、その道を選びます。

 That is the truth for me.

 それじゃあ、またね!

作家/『ILAND identity』プロデューサー。2013年より奄美群島・加計呂麻島に在住。著書に『ろくでなし6TEEN』(小学館)、『腹黒い11人の女』(yours-store)。Web小説『こうげ帖』、『海の上に浮かぶ森のような島は』。