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起業に大切なことは、ここで学んだ - パーソル(旧テンプスタッフ)創業者・篠原欣子さんとの出会い

みなさま、こんにちは。学校法人 高木学園の高木暁子と申します。私はビジネスの世界で生きていましたが、33歳の時に父の急逝に伴って突然、学校の世界で理事長になりました。

そのような中で、素晴らしい人との出会いについて前回もご紹介したのですが、今回はパーソルホールディングス株式会社(旧テンプスタッフホールディングス)の創業者・篠原欣子さんとのお話をご紹介したいと思います。なんと篠原さん、本学園の卒業生でいらっしゃいます。

起業家の日本人女性の先駆者

2020年代の今、「女性起業家」と呼ばれる方が、それなりに増えてきたように思います。しかし、今回ご紹介する篠原欣子さんは、当時は日本に存在していなかった「人材派遣会社」を1973年に創立されました。(なんと今から47年、ほぼ半世紀前!)日本人女性起業家の先駆者と言える方です。

アメリカの経済誌Fortuneの「世界最強の女性経営者」に12年連続で選ばれていらした方でもあります。

とてつもなくスケールの大きな、元祖・キャリアウーマン!

そんな篠原さん。実は本学園の卒業生でいらっしゃるのです。

まだ父が理事長を務めていたころ

「卒業生に篠原欣子さんという偉大な経営者の方がいるんだ。」

とお話を聞いていて、何度もお目にかかる機会も頂きました。

つねに笑顔・謙虚・質素

「世界最強の女性経営者」と聞くと、いったいどんな方なんだろう・・・と思ってしまいがちです。

が!

実際にお目にかかった篠原さんは

とにかく笑顔!笑顔!笑顔!

明るく、はつらつとされている!

という印象。初対面で、誰もがファンになってしまうような明るさと、そして何より謙虚でいらっしゃるのです。(という表現も大変おこがましいですが・・・)

「私にはそんな大した力はありません。気づいたらここまで来た、という感じです。」

といつもおっしゃっていました。当時、70代半ばでいらっしゃいましたが、本校に来てくださったことが何度かあり、いつも

「東横線に乗って、菊名駅から歩いてきましたよ。」

とあっさりおっしゃいました。せ、世界最強の女性経営者の方が・・・で電車ですか?!

ご著書などを読ませて頂くと、ゼロから会社を起業され、資金繰りなどで苦労された時期も経験されているとのこと。華美なことは決してしない、おカネは有効に使うというポリシーを会社経営に対しても、ご自身の人生に対しても徹底されていました。(人は、おカネや地位を得ると、必要以上に浪費したり、傲慢になったりするケースもありますが、篠原さんはその対極のところで生きていらっしゃいました。)

本当に素晴らしい女性の先輩だと、お目にかかるたびに感じて、篠原さんに

「どうしたら、篠原さんのようにゼロから起業されて成功することができるのですか?」

とうかがったことがあります。

起業に大切なことは、君先生から

「起業に大切なこと、それだけでなくて、ビジネスに大切なことは、すべてあなたのひいおばあ様から、教えて頂いたの!」

と、篠原さんはいつもおっしゃいました。

篠原さんが本校に通っていらしたころ、私の曾祖母がまだ教壇に立っていて、

「何かをするなら、最後までやり抜く。そして人様に役に立つように。そのためにはつねに言われたこと以上のことを行える、そんな女性になりなさい。」

と、当時の生徒さんたちに話をしていたようでした。

篠原さんのように世界的な経営者となられた方に、本校の創立者の教えが役立ったと言っていただき、とても感激したことを今も覚えています。

学校の仕事に携わるようになってみて、そこでご縁を頂いた篠原さんのような女性に、自分も少しでも近づきたい、と思うようになっていきました。

同時に、そんな卒業生をたくさんこの学校から輩出したいなという想いが年々強くなって行ったのでした。

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