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ジェンダーレンズ・チェックリスト大学版の作成を通じて見えてきた、大学が抱える問題

内閣府男女共同参画推進連絡会議にてオンラインフォーラム「大学のジェンダーギャップ解消が日本を変える!」を開催(2023/6/2)

2019年から拝命している内閣府男女共同参画推進連携会議ですが、業界における女性の活躍推進チームの今期の最後の集大成として、オンラインフォーラムとジェンダーレンズ・チェックリストを企画しました。

フォーラムについて

以下の画像のリンクから、2023年12月7日までの期間限定で当日の録画を見ることができます。(ジェンダーレンズチェックリストの報告は1:35:45あたりからです)

オンラインフォーラム次第

発表資料もこちら↓からダウンロードできます。

なお「ジェンダーレンズ・チェックリスト大学版」については、こちら↓のページに載っています。使い方の説明がついたPDFもダウンロードできますのでぜひご活用ください。

大学特有の課題とは

今期は国立大学業界を取り上げることとなり、いちおう大学教員ということで私もプロジェクトにジョインしましたが、これまでは企業の女性のキャリアの研究ばかりで、当事者ながら大学研究者のキャリアについてはあまり明るくなく問題の定義に難航しました。企業と共通する課題は分かりますが、大学特有の課題が何なのか?大学研究者の世界は企業よりも実力主義だし、性役割意識も薄い。それなのになぜ「女性管理職比率が少ない」という結果になるのか?この問題に対する一般的な言説は、女性管理職になるための母数が少ない(女性研究者が少ない)というものです。所謂「入口問題」ですね。このあたりは当フォーラムの河野先生の基調講演で詳しく解説されています。

確かに入口問題は大きい。けれど、これは大学が何もしなくていい/何をしても意味が無い理由にはならないはず。制度の改善は期待しつつも、大学ができることは何か?を調べるために、プロジェクトチームの人脈を活用して、8大学/10組織・個人にヒアリングを実施*。そこで明らかになった大学組織の課題は以下の3つです。

*大阪大学 ダイバーシティ&インクルージョンセンター/お茶の水女子大学 佐々木泰子学長/九州大学 男女共同参画推進室/東京大学 林香里理事・副学長および男女共同参画室/東京工業大学 ダイバーシティ推進室/東北大学 大隅典子副学長および男女共同参画推進センター(TUMUG)/北海道大学 ダイバーシティ・インクルージョン推進本部/宮崎大学 清花アテナ男女共同参画推進室。ご協力ありがとうございました。

ヒアリング先一覧

①採用や昇進に関する要因

大学において、ダイバーシティ推進は全学、人事採用評価は学部で行われるため、ダイバーシティ推進が学部人事と連携するしくみが必須。そして学部人事に関わる教員の多くは男性なので、何もしないと「ダイバーシティ推進は大事だね、でも新規採用者はこの男性にしましょうね」という状況になりやすいです。こうした状況にメスを入れるためには、人事に関わる人たちのアンコンシャス・バイアスを是正するしくみを入れるか、女性を採用するインセンティブを設計するかの施策が必要です。

この課題に対する具体的な施策としては、まずインセンティブという面では、代表例は科学技術振興調整費や科学技術人材育成費など国の事業を活用した女性限定採用(九州大学・東北大学・東京大学等)です。人事に直接手を出せないので、採用枠のパイそのものを大きくして女性に割り当てるということですね。全学単位での予算配分ルールを女性採用数と連動させるという策もありました。またより本質的な対策としてアンコンシャス・バイアスの是正という点では、中期採用計画に関する全学での意見交換会を設ける(東京大学等)、全学審査会による採用プロセスのチェックを行う(九州大学・宮崎大学等)、アンコンシャス・バイアス教育を実施する(東京大学「無意識のバイアス」確認シート、東北大学等)等が上げられます。さらにパネルディスカッションの中でも、大学FDとしてジェンダー教育をすべきという声もありました。

なお大学において、男女共同参画活動は男女共同参画委員会としての業務or/and男女共同参画センターとしての業務という位置づけが一般的かと思います。男女共同参画委員会は全学の教員によって構成されますが、基本年度ごとにメンバーが替わります。何をしても(しなくても)1年経てばお役御免になるため、中長期的な取り組みは扱いづらいし、担当教員の熱意もバラバラであることが普通です。一方で男女共同参画センターは複数年度にまたがる活動に取り組みやすいのですが、主な構成員が非常勤・有期スタッフであることが多く大学全体での意思決定には影響を及ぼしにくいという制約があります。そのため東北大学では、意思決定機関としての委員会と、実行部隊としての参画センターを組み合わせていると伺いました。

②教員評価やキャリアパスに関する要因

研究者の評価は主に研究実績(論文)ベースで行われ、昇進や採用時には実績チェックが行われます。ただ評価が論文偏重になっているということは、いかに研究時間を確保するかが研究者にとっては重要なイシューになります。ただでさえ授業や学務、学外活動で時間がとられる中で、どう研究時間や資金を捻出するかは全研究者にとって悩みの種なのですが、育児や介護などを抱えながらこの研究時間確保をするとなるとさらに難しくなります。現状では研究時間確保も研究能力のうちと捉えられていますが、状況的な要因と個人の努力の問題は切り分ける必要があるのではないでしょうか。

そして大学にとって重要な組織運営業務を担うには教授職であることが前提となりますが、教授職につくためには研究実績が必要であり、上述の時間確保問題をクリアしないと実績は作れないという構造があります。重要な組織運営業務を担う女性を増やさないと、その次のステップに進む女性は当然増えません。つまり、女性が博士号をとる(この時点で20代中後半)→出産する→研究時間を捻出できなくなる→研究実績が増えない→研究実績がないから教授職になれない→教授職が担う運営業務がボーイズクラブになる→同質性が高い組織では環境改善への問題意識が生まれにくい…と繋がっていくんですよね。それに組織運営業務は時間も神経も使うので、実は女性としても(一部の男性としても)その業務を積極的に担いたいという気持ちは薄いことが多い。そんな中で「組織や後進のためにひとはだ脱ごうか」という気持ちになるためには、メンター的立場の人からの働きかけやサポートも必要なのではないかと思いますが、女性管理職がいない組織ではこのメンター機能も女性研究者に提供されにくいという構造があります。

この課題に対する具体的な施策としては、業績以外を含む独自の教員評価制度の導入や定性評価の導入、ワークライフバランスに配慮した委員会業務の効率化、女性を執行部に引き上げるための先輩女性研究者によるメンター制度等があります。

③労働環境に関する要因

企業研究者と大学研究者の大きな違いは、大学研究者は所属先を移りながらキャリアアップする(例:A大学の講師を辞めてB大学の准教授として着任)というパターンが多いということでしょうか。そして大学は企業ほど数が多くなく、研究領域で絞ればさらに希少なので、キャリア形成のための異動が県をまたいだ転居を伴います。例えば静岡県の大学を卒業して徳島県に着任し、キャリアアップのために転職して宮城県に引っ越す、等は大学研究者なら普通ですし、私みたいに神奈川で学位を取ったあと静岡に就職するのは「近くてよかったね」と言われるレベルです。必然的に家庭生活への影響が大きくなるのですが、ある調査では別居経験のある大学研究者は女性で6割、男性で3割(篠原2020)となっており、つまり男性は配偶者を帯同している人が多い(配偶者が無職または転職可能)のに対して、女性は単身赴任になりがち(配偶者が帯同できない)であることが分かります。地方大学に女性研究者が応募しないのは、おそらくこの影響が大きい。

さらにこの背後には、単身赴任すらできない、すなわちキャリア形成の機会を持てない女性研究者も多いと考えられますし、出産のタイミングも悩みます。このように女性研究者のキャリア形成は大学の「外」の家庭内ジェンダー規範や配偶者のキャリアプランに強く影響を受けるので、たとえ大学の中で公平に扱われていたとしてもなお課題があります。なお配偶者が企業勤めであれば相対的に転職はしやすいのですが、大学研究者同士となると、二人同時に大学ポストを見つけなくてはならずさらに難易度が上がります。大学はただでさえ若手の雇用は不安定なのに(ポスドク問題)、家庭生活の維持もままならないとなれば、誰が残ってくれるんだろう…?

この課題に対する具体的な施策としては、まず最低限必要なのは雇用環境を魅力的なものにすること。女性や若手向けの支援プログラムの整備、雇用環境評価チェックリスト(お茶大インデックス等)の活用、授業や会議にオンラインを活用して遠隔地でも業務ができる体制を整えるなど、遠くても赴任したいと思える環境づくりです。もう1つは、配偶者のキャリアプランもサポートすること。配偶者帯同雇用制度の導入(九州大学等)、クロスアポイントを活用した帯同支援(東北大学)など。女性研究者の配偶者が妻の大学に足を運ぶ理由をつくることで、家族の理解を得られやすくするというやり方です。これらの施策は、優秀な男性研究者の獲得にも有効です。

(*上記の分析は現時点ではヒアリングに基づいたざっくり分析です。今後ちゃんとまとめたいなと思っています)

今回のプロジェクトで気付いたこと

このフォーラムに参加してくれた社会人大学院生と、後日ディスカッションしていて気付かされたのですが、企業において「問題は入社前の教育段階でのジェンダーバイアスだ」という議論になることはほとんどなくて、入社後にどうするかという議論が中心です。だから大学関係者が大学入学前(初中等教育から高校教育まで)のジェンダーバイアスの問題を論じているのは新鮮に感じたそう。確かに入口問題は出口問題(今回で言えば大学内キャリア)とセットで論じないとダメです。大学は1カ所での平均勤続年数が短いこと、文科省(国)に規制されている部分が多いという事情はあれど、もっと大学関係者が当事者意識を持つ必要があるかなと思いました。優秀なリケジョが増えたところで、自組織が魅力的じゃなかったらその人は目の前を通り過ぎて相対的に雇用環境が整っている企業研究者になりますからね。

ところで今回のプロジェクト、私の個人的な収穫はキャリアの選択肢が広がったことでした。2020年に神戸大学経営学部に初の女性学部長が誕生したことがニュースになりましたが、経営系の学部は管理職が男性であることが多く、私は世代がひとまわり上で管理職の女性研究者を見たことがありません。したがって「教授になるまで」のキャリアプランは描いているけれど、その先に大学管理職というプランはありませんでした。しかし今回東大の林副学長、お茶大の佐々木学長、東北大の大隅副学長とお話しする機会をいただき、その知性と威厳と親しみやすさが共存した素敵な佇まいを目の当たりにして、初めて大学管理職というキャリアパスが視野に入りました。つまり大学内でのジェンダーバイアスの影響を私も受けていた、というオチですね。


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