会社員、ステージで天に召される

ステージで息絶える。
そんなことを疑似体験できたことがある。

・ ・ ・

会社員時代、終電をぶっちぎって働き、力尽きたらどこか適当な場所で寝る、ということがよくあった。寝る場所はいろいろ。漫画喫茶やネットカフェ、カラオケ、スパ、外国人が営業しているマッサージ屋さんで寝かせてもらったこともあった。その後は、早朝に一旦帰宅して出社するか、あるいはそのまま出社するか、どっちか。

ある寒い冬の日。いつものように夜中まで働いていたら急に猛烈な疲労感が湧いてきて、どこかで横になりたくなった。

そうだカラオケに行こう。

朝5時まであいているカラオケ屋さんで仮眠しようと決めた。電車が動き出したら一旦家に帰って、シャワーを浴びて着替えてまた出社する。

凍えながらお店に到着。自動ドアは自動で開くものだと思っていたけど、奇しくもドアは開かず。深夜3時に突然ドアに人間ひとりが真正面からぶつかる形になってしまった。店員さんがギョッとした顔でこちらを見た。私だってギョッとした。店員さんがドアを手動で開けてくれて中に入る。

「1ドリンク制ですのでお先にお飲み物のご注文をお願いします」
「あ……温かいものを……」
「ホットはこちらになります」

ようよう手続きを済ませて部屋に入った。少しでも疲れをとるため、とっとと寝なければ。でも、、、

せっかくカラオケに来たから1曲ぐらい入れてみる?

という誘惑に負け、木村弓さんの「いのちの名前」を入れた。地声を張り上げなくていいし、疲れた体にふさわしい曲な気がした。

曲が流れ始める。
マイクを持つ。

前奏が終わり、歌い出す。
だけどどうにも力が入らない。
あまりにも疲れすぎている。

ソファに仰向けに寝転んで歌ってみる。
これは体勢はラクだけど声を出すのがしんどい。

サビで音が高くなるとさらにつらい。
だんだん声が出なくなっていく。

1コーラス歌いきれなかった。

間奏に入って、もうダメだと悟った。
マイクを胸に抱えたまま目を閉じる。


「あぁ、ステージで息絶えるってこんな感じなのかな」


そう思いながら眠りについた。心の中の私はスポットライトを浴びていた。客席は声援で騒がしかった。

・ ・ ・

バカだったなと思う。そんな時代もあった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?