復讐するには遅すぎる
あの頃、紙切れ一枚で別れを告げたあの人。
この狭い街のどこか、そう、例えばショッピングモールで私は偶然、あの人を見た。
もちろんおじさんになったあの人の隣にはさほどきれいでもないおばさんと不細工な女の子がいた。高校生くらいの女の子は彼の妻にそっくりだった。
私も三十路を過ぎてあの頃のように瑞々しさを失っている。けれど、声をかけたくてしょうがない。なぜなら私はあのあと整形して顔もそれまでの自分ともお別れした。
あの人は私だと分かるだろうか?
「あの、今何時ですか?」
「ええ~、11時37分です」
広明は銀色の腕時計を左腕につけていることは確認済みだ。逃すものか。
「ありがとうございます。で、今は何時ですか?」
「……」
「頭がおかしいと思っています?」
広明は私の顔を初めてじっと見た、私だとは気が付かないまでも声でわからないかななんて、期待をしていた。
「清夏?」
「やっとわかった? 上河先生お久しぶり。広明と呼んだ方がいいかしら」
私の整形は目を二重にして鼻筋を通しただけなので印象が華やかになっただけで、昔の私の顔を知っていれば、わかるはずだ。あんなに何度も愛し合った女の顔をさっぱりと忘れられたらたまったもんじゃない。あんなに近い距離で、唇を重ね、求めあう時間を共有したのに。
「あ、家族が読んでるから」
「そう、じゃあ、ご挨拶しちゃおうかな。それが嫌ならスマホ出して」
私は、自分のスマホを出していた。
すぐにお互いのスマホをかざすと通信は完了する。彼の家族に見えないように瞬時に済ませると、
「ロックちゃんとかけてあるわよね」
私は、この後どんな方法で彼にこれまでの15年の穴埋めをしてもらうか考えていた。私にも夫の一人ぐらいはいる。だがそろそろ飽きてきたところだった。違う男をさがしていたところだった。
手軽な男を街で拾うよりは、安く済みそうだった。それにあの時の傷ついた心への慰謝料もいただかないと。
今年の夏は楽しいことが始まりそうだ。
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