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きらめきを探さない

 私はお腹がよく減る方で、色気よりも食い気だと孝也にいつも笑われている。思い起こせば高校の時に出会ってはいたものの、ただの友人であった私たちがどうして今、一緒に暮らしているのかは私も驚きだったが、孝也の方がものの弾みだったように言うで少しカチンとくる。

「朱里さ、今日の夕飯どうする?」

「ええ、どこにいるの。私まだ会社。先に食べてて」

「俺も今帰る途中でまだ電車の中。じゃな」

 ツーツーと通話がきれる音だけが携帯電話から流れる、余韻も何もあったもんじゃない。まるでスパイ映画か007と話しているみたいだった。

 ふふっと、笑うとまたPCに向かう、リプレイしてみる。

 俺もの、も、ってなんだよ。私は帰り道ではない。文法がなにか違うと思うけれども細かいことはなんでもいい。お腹が減った。もう8時30分すぎているのに、ランチがパスタだけだったので余計に空腹で泣きそうだ。

「木内さん、なにか食べます? それとももう帰りますか?」

 後輩の大下君が尋ねる。

「もう少し頑張ります、君はもう帰ったらいいんじゃない。私は9時まで頑張ってそのあと帰るから」

「あ、木内さん、保安のおじさんから内線です」

「何よ、こんな時間に、なんて? 聞いてくれないかしら」

 ああ、もうなんてこと。

「はいー、分かりました。降ります」

 大下ちょっと、消えますと言いながら席を外した。広いフロアの電気はところにより消えている。いいな、そういう部署は。お腹減ったな、もう帰ろうかな。仕事なんて全然やる気はしない、ガソリンの入っていない車は動かないだろう……。

「はい、これ」

「なに、いい匂い」

「王将のテイクアウトです」

「え? あんたが注文したの?」

「いいえ、違いますよ。じゃあ、お先に失礼します」

 大下君は笑いながら頭を下げて帰っていく、フロアの中でまた私が最後だ。王将の袋からはトンでもなく良い匂いが漂う。これはチャーハンと餃子と唐揚げだ。

 私はのぞき込んでみたら寸分たがわない。

「え?」

 なぜ私の好みを知っている、誰だ?

 lineが携帯に流れる。

「朱里、手を洗ってから食べるんだよ。お先に。それとももう帰る?

帰るならもう少し下で待ってるけど」

 おなかがぐうぐうとなるけれども、少し泣きそうになる。なんていいやつなんだよお。優しくしないで、こういうの弱いんだよな。

 食べる気もあるけれど、あのジャガイモみたいなひょっこりした孝也の顔が見たくなった。

「どこにいるの、今」

「会社の下、保安のおじさんと遊んでる」

「帰ります、降りるわ」

 無駄なきらめきなんていらない、結婚なんてしてないし、親にも言ってない。でもあんたと一緒に住んでてよかった。今日こそ言うんだ。

「好きだょ」って。どんな顔をするんだろう。私はPCを閉じて電気を消した。靴を履き替えて、バッグを握ると王将を抱えてエレベーターホールに向かった。

 どうしてこういう時に早くこないのだろうか?

 会いたい、あの懐かしくも近しい男に。こんないい男、どこにもいないって言うんだ。そして二人で食べるんだ。このお楽しみセットを。

 煌めきではお腹はいっぱいにならないけれど、思いやりがこんなに温かいなんて知らなかった。私も、こんなおいしいチャーハンが作れるようにいつかなりたい。孝也の顔を笑顔にするために。

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