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連載小説『エフェメラル』#9

第9話  宇宙と地球  
 

 額に銃口を突き付けららたエマは、銃を持つ銀髪の女を睨みつけて言う。
 
「残念ながら、あたしたちは物資の輸送で来てるんじゃない。渡せる物は何もない」
 
 銀髪の女は薄ら笑いを浮かべながら銃口をより強くエマの額に押し付ける。
 
「じゃあ、何しに来たって言うんだい?」
 
 銀髪の女の言葉にレニーが答える。
 
「我々は月のマイルス商会から来た。目的は、Eー6の首都ラーニに行くことだ」
 
「マイルス商会? 宇宙屈指の大企業が、こんな小隊で来るなんてね。月の女王様は何を考えているか分からないよ」
 
 宇宙の事情にも通じているような発言。ユーヒはそのことについて女に聞く。
 
「あなたたちは、宇宙のことを知っているの?」
 
 女はエマに銃口を突き付けたままユーヒを横目で見る。
 
「宇宙には地球の情報は流れないが、地球には宇宙の情報が全て入ってくる。宇宙にいる奴らは地球なんて鳥かごみたいに狭い場所だって思っているんだろうが、情報統制された宇宙のほうがよっぽど狭い世界なんだよ」
 
 エマは女に聞く。
 
「そんな話は今はどうでもいいだろ。あたしたちを解放しろ。お前たちだって、あたしたちを殺すことにメリットなんてないだろ」
 
 そう言ったエマの顔面を、銀髪の女は銃のグリップでガッと殴った。
 
「エマ!」
 
 その場に倒れこんだエマにユーヒが声をかける。
 
「お前らうるさいんだよ。船は調べさせてもらうぞ」
 
 女が右手を挙げて合図すると、数機の戦闘機が着陸し、十数名の兵士らしき者たちがエマの船に入って行った。
 数十分後、エマの船を調べ終えた彼らは銀髪の女に報告を行う。
 
「なんだよ。本当に何も持ってないのか。ふざけやがって」
 
 銀髪の女は不満げな顔でユーヒの前に歩み寄る。
 
「ん? お前、どっかで見たことあるな」
 
 しゃがみ込んだ女は、ユーヒの顔をまじまじと見つめる。
 
「ああ、そういうことか……」
 
 女は一人で納得する。
 
「なによ。見惚れた?」
 
 ユーヒに口はこんなときでも元気だ。
 
「まあな。お前は地球人にはなじみのある顔なんだよ。しかし、月の女王も耄碌もうろくしたな。生い先短いと見た」
 
「おい、ミジュ様を侮辱するな」
 
 レニーが語気を荒くする。
 
「なんだよデカいの。そう怒るなよ。単なる個人の感想だろ」
 
 女はユーヒから離れ、次はリンの前に立つ。
 
「お前はなかなかいい男だな。その気があるなら、うちの村の一員になってもいいぞ。今、ちょっと男が不足しているところなんだ」
 
「…………」
 
「返事なしか。まあいいだろ。まずはお前ら、全員わたしらの村に来てもらおうか。せっかくだから、お前らに地球と宇宙の現実ってやつを見せてやるよ。そうすれば、もう宇宙になんか帰りたくなくなるかもしれないぞ」
 
 女はエマたちを少し大きめの船に乗り込ませ、エマの船が着陸した場所から西方向へ飛び立たせた。他の戦闘機もそれに続く。
 三十分ほどでエマたちを乗せた船は着陸態勢に入った。気を失っていたエマも着陸の衝撃で目を覚ます。
 
「エマ、大丈夫?」
 
 ユーヒが声をかけると、エマは顔をしかめながら答える。
 
「ん、ああ。あの女、マジで許さねえ……」
 
「でも今は何もできないよ。私たち、あの人たちの村に連れてこられたみたい」
 
 着陸した船のハッチが開く。広い滑走路のような舗装された路面が見える。その先には、あまり背は高くないが、月の街にあるような近代的な建物が並んでいる。エマの船が着陸した草原や、そこから見えていた森からは想像できないような近代的な街だった。
 
「ほら、着いたぞ。立て」
 
 銃を持った背の低い男がエマたちを船から降りるように促す。レニーを先頭に船から降りると、その先に銀髪の女が待ち構えていた。
 
「ようこそ、わが村へ。今から村の中を案内する。全員、車に乗れ」
 
 女の隣には、小さめのバスのような自動車があった。跳ね上げ式の扉が開き、五人が乗り込むと、それと一緒に数人の兵士、そして銀髪の女も乗り込む。
 
「申し遅れたが、わたしはこの村の防衛隊長兼調査隊長のマヒナという者だ」
 
「海賊に今さら自己紹介されてもな」
 
 エマは呆れて言う。
 
「そう言うな。わたしたちはお前らを客人として認めたんだ。先ほどの無礼は詫びる。すまなかった」
 
「なんだよ急に。よく分からんやつだな」
 
「ここは当局が管理を放棄している地域だ。だから、公的には、この村は存在しないことになっている」
 
「『星伝説』は単なる噂じゃなかったんだな」
 
 エマがそう言うと、銀髪の女は頷く。
 
「わたしたちはこの村を『シンバラ』と呼んでいる。古い時代の楽園の呼び名にちなんでいるらしいが、昔からそうだというだけで詳しいことはわたしも知らん。ただ、少なくとも宇宙よりもこの地球の方が楽園と呼ぶにふさわしいと思っている」
 
 ユーヒは車窓から街の様子を眺める。住宅や店舗、事務所が立ち並ぶ街は、秩序だって配置してある。途中、学校と思われる大きな建物の隣を通り過ぎる。庭では数十人の子どもたちが遊んでいる。奥にある校舎と思しき建物の中にも、授業中の子どもたちが見えた。村の規模がどの程度かは分からなかったが、かなり大人数の子どもたちが学校内にいるものと思われた。
 街の中を数十分ほど進んだところで自動車は、大きな門をくぐる。その先には、簡素ながらしっかりとしたコンクリート造の二階建ての建物があった。
 
「ここで降りてもらう」
 
 マヒナは車を降り、その後をユーヒがついていく。最後にレニーが車を降りると、マヒナに向かって言う。
 
「紐はほどいてくれ。君たちのテリトリーに入ってしまっては、抵抗しようがないだろう」
 
「そうだな」
 
 マヒナは兵士たちに命じて紐を解かせた。
 
「ここは村役場だ。村長に会わせたい。ついて来い」
 
 マヒナは先頭に立って建物の中を進んでいく。入り口から続く通路の両脇は、住民が届け出などを行うカウンターになっており、その奥では多くの人が端末に向かって仕事をしている。通路は突き当りで左に折れ、少し暗い廊下をさらに進むと、正面にガラスで出来た扉が見えた。ガラスの向こうから光が漏れている。マヒナはノックをして言う。
 
「村長。宇宙からの客人です。入ってもよろしいでしょうか」
 
「ああ」
 
 中から男性の声がする。マヒナは扉をスライドさせて中に入り、ユーヒたちを手招きする。ユーヒたち五人が部屋に入ると、部屋の床から天井まである大きなガラス窓の前に置かれたデスクに、一人の男性が座っていた。ユーヒたちが部屋に入るのを確認した男性は立ち上がり、ユーヒたちの前まで歩み出る。
 
「遥々、宇宙からようこそ。私はここの村長を勤めるカノアと申します」
 
 カノアは胸の前で合掌し一礼をした。歳は40歳前後だろうか、村の長という割にとても若く見える。
 
「はじめまして。私は土星区から来ましたユーヒという者です」
 
 ユーヒに続き、五人はそれぞれカノアに挨拶をする。カノアも一人一人に対して丁寧なお辞儀を繰り返す。
 
「立ち話もなんですから、あちらでお話をしましょう」
 
 カノアはデスクの奥に配置されている大きな打合せテーブルに案内する。全員が座ると、カノアが話し始める。
 
「改めまして、ようこそシンバラへ。あなたたちがこの村に来ることは、少し前にマヒナから連絡を受けておりました。あなた方は、ラーニに行く途中とのことですね」
 
 カノアの質問にレニーが答える。
 
「はい。我々は、宇宙企業のマイルス商会からやってきました。マイルスの総帥であるミジュ・マイルス様の計画により、そちらにいるユーヒさんをラーニまで連れて行き、そこからまた宇宙に帰るという行程です」
 
「そうですか」
 
 カノアは微笑を浮かべてユーヒを見る。
 
「ラーニのあるEー6地区以外に村があるなんて聞いたことがありません。どういうことです?」
 
 ラジャンがカノアに問う。
 
「ここはあなた方の世界の管理区域外です。当局は宇宙全域と地球の一部であるEー6地区以外は管理していない。空白地帯で何が起ころうが、彼らには全く関係ないのです」
 
 カノアの説明に無言で頷くラジャン。カノアは続ける。
 
「我々のような空白地帯の住民には、ラーニから来たものも多い。ラーニは地球にありながらも、宇宙、主に月の一部として機能してますが、我々は宇宙から切り離されたところで生きる民。今となっては数少ない純粋な地球人として生きているのです」
 
 カノアの説明を聞いたユーヒが質問する。
 
「でも、どうやってこの村を作ったのですか? 私たちにしたように、宇宙からの物資を奪ってこの村を作り上げたのですか?」
 
「いえ。この村は元々、人類が宇宙に進出する際に放棄された街を改造して作られています。地球に存在する材料と、それを加工する技術があれば、これくらいの街を作ることは難しいことではありません」
 
 カノアの後に、マヒナが続ける。
 
「わたしたちが襲うのは、物資輸送の通常航路を外れたトラックだけだ。地球上で通常航路を外れたトラックは、遭難とみなされる。そこで輸送物資を失ったとしても、事故として処理される。物資は奪っても、運転手の命を奪ったことはこれまで一度もない。それどころか、奴らをきちんと通常航路まで案内して宇宙に返してやっている。恨まれるようなことはしていないつもりだが、噂だけは宇宙に漏れているみたいだな」
 
「それにしては、ずいぶんと手荒な真似をしてくれたもんだな」
 
 エマがマヒナを睨む。
 
「悪い悪い。トラックの運転手でも気の荒い奴がたまにいるんだよ。自己防衛だ。勘弁してくれ」
 
 エマは納得していないようだったが、それ以上マヒナを責めることはなかった。ユーヒが再びカノアに質問する。
 
「途中、学校のような建物を見ました。ずいぶん多くの子どもたちがいるように見えましたが、どれくらいの数がいるんですか?」
 
「よくご覧になっていましたね。子どもたちは千人ほどいます。村民はおおよそ一万人ですから、子どもの割合は高いと思います。夫婦には、平均で3人の子どもがいます。宇宙では子どもの数が著しく減っていると聞いていますから、驚かれたのではないですか?」
 
「はい。マイルスが運営するカミラ財団の施設も、子どもの数が減っている宇宙の状況を危惧したミジュ様が各地に作らせたと聞いています。孤児も、貴重な人材だと」
 
「少子化。生物学的に言えば生殖に関する問題。それは宇宙進出の時点で予測されていたものですから、潜在的にあった問題が少しずつ顕在化したというだけなのでしょう」
 
「つまり、生物としてのリスクを把握した上で人類は宇宙に出て行ったと?」
 
 レニーがカノアに確認する。
 
「そうです。再生医療と人工身体は、宇宙における生殖問題の解決を目的として発展した。しかし、十二年前の軍事闘争を境に、どちらが目的で、どちらが手段なのか分からなくなってしまったようですが……」
 
「宇宙での人口減少が今後も進むのであれば、確かに戦争などやっている場合ではないのかもしれない」
 
 独り言のようにつぶやくレニーの言葉に、エマは眉を顰める。
 殺し合いなんてしたくはない。しかし、紛争を止めるにためには、敵対する勢力のどちらかが勝たねばならない。紛争の目的は、自分、そして自分が所属する組織や社会を守るため。生物としての本能であるとも言える。そうであれば、人が戦いを捨てるということは『自分』を捨てることを意味する。しかし、それこそ自己破滅的な考え方だ。エマは再生した自分の半身を見ながら、体を失ったときの戦闘を思い出していた。
 
 


 
 地球でユーヒたちが『存在しない村』で過ごしている頃、ジルは火星区のフォボスにある研究施設に来ていた。目的は二つ。一つは研究施設の一画にあるマイルス商会の図書館で調査をすること。もう一つは、恩師であり再生医療の研究者であるドクター・エノウラに話を聞くこと。
 エマは研究施設の地下階にある図書館に向かう。宇宙時代に入ってから発行された書籍は、端末を介して情報が表示される電子書籍が基本となっている。一方、古い時代に発行された紙媒体の書籍の一部は、電子化されずに図書館の蔵書として保管されている。ジルは研修医時代に何度もこの図書館に足を運んでいたが、紙の書籍を読む機会はなかった。ジルの目当ては、人類の宇宙進出に関するマイルス商会がまとめた本だ。この本は、マイルスの幹部だけが入ることができるという、図書館の最奥の書庫に保管されているとのことだった。親衛隊長であるゲンソウにはその倉庫に入る資格があり、ジルはゲンソウの許可を得る形でこの倉庫へ入ることができる。図書館の司書に話を通し、館長室まで案内され、館長に許可証を提示し、目的の書籍について伝える。
 
「その本を読むにあたっては、こちらの誓約書にサインをいただきます」
 
 誓約書に目を通すジル。誓約書には、書物に記載された内容を複写すること、また、その内容を閲覧権限のある者以外に伝えることを禁ずる、と書いてある。そしてこの誓約書の内容に関してはマイルス商会だけでなく、宇宙管理当局との協定事項であることが誓約書の最後に記されていた。
 ジルは誓約書が表示されている端末にサインをする。サインはマイルス商会本社と宇宙管理当局に共有され、ジルは今後、この誓約書に関する発言や行動を管理されることになる。
 
「確かにいただきました。それでは書庫にご案内します」
 
 館長は館長室の奥にある扉を開き、そこから続く長い廊下を進んだ。ジルは館長について進む。廊下の突き当りには大きな鋼鉄の扉があり、館長がセンサーに右目を当てて鍵を開いた。
 
「本の閲覧はこの書庫の中だけです。時間の制限はございませんので、じっくりお読みください」
 
 館長はそう言って館長室へ戻って行った。ジルは書庫に備え付けてある書籍検索用の端末に該当しそうなキーワードを入れていく。『マイルス商会 歴史 地球 宇宙進出 再生医療……』。ヒットしたのは一冊のみ。本の題名は『マイルス商会社史・宇宙進出と再生医療』と出た。ジルはこの本が保管されている棚を探す。書庫はあまり広くなく、マイルス商会本社にある50人収容の会議室ほどだった。探し始めてから数分でお目当ての社史にたどり着いた。表紙は宇宙から撮影した地球と、その陰から少しだけ顔を出す月の写真だ。ジルは本の表紙をめくる。巻頭からは数ページが写真だった。地球時代のマイルス商会の建物や研究施設、開発商品。今ではレトロなデザインの服や建物ばかりだが、会社で働く人々の様子は今とそれほど変わりないようにも思える。写真ページの最期に、ジルは見たことがある人物の写真を見つけた。一人はミジュ・マイルスに似た人物。もう一人は、ユーヒと瓜二つな女性。今のユーヒよりも大人びて髪も長いが、亜麻色の髪の毛や白い肌、そして深い海のような青い瞳は、ユーヒの特徴と全く同じだ。
 
「でもちょっと待って」
 
 ジルは本を最後からめくりなおし、発行年を確認する。『AE002』。人類が宇宙に進出した直後、今から450年以上前の年だ。ジルは再び本を表にして本文を読み始める。
 読み始めてから1時間が経過した。ジルは重要と思われる部分を3回読み直した。しかし、そこに書いている史実をジルは素直に信じることができなかった。
 
「……まずは、エノウラ先生に話を聞こう。それで全体像が把握できるはず」
 
 書庫で一人呟いたジルは、社史をもとの棚に戻し、書庫から出て館長室に戻る。所定の手続きを終えると、先ほど知ったばかりの史実について確認するため、図書館を出てドクター・エノウラの研究室へと急いだ。
 
 ドクター・エノウラは、研究室にいた。ジルが前回訪問したときとは突然の来訪を驚いていたエノウラだったが、今回はむしろ、ジルの再訪を待っているような落ち着きだった。
 
「いらっしゃい、ジルくん。どうやら、前回の宿題の回答が出来上がったみたいだね」
 
 エノウラは若い外見に似合わない老獪ろうかいな笑みを見せる。
 
「ええ。せっかくですので、答え合わせをお願いしようかと」
 
「もちろん、よろしいですよ」
 
「まず最初に……」
 
 ジルはエノウラに、図書館ので見たマイルス商会の社史について聞いた。
 
「はい。私もその本は読みました。ここに誓約書と閲覧履歴の写しがあります」
 
 エノウラはそう言うと、デスクの端末に誓約書と閲覧履歴を表示した。
 
「では心置きなく話せますね。これから自分なりの答えを示したいと思います」
 
 ジルは頭の中でもう一度、これまでの情報を整理してから話し始める。
 
「ミジュ様が現在行っている計画の話は一番最後にします。まずは、エノウラ先生が前回お話していた十二年前の軍事闘争のこと。先生は、この闘争は『宴』で、利益を得た者がいた、と話していましたね」
 
「そのとおり」
 
「あの闘争では少なくない犠牲者が出ています。そのほとんどが戦闘に参加した兵士です。その内訳は、マイルスの本社でも検索が可能でした。マイルス商会は、戦闘で負傷した全ての兵士の情報を集めていました。そのうち半数がマイルスの施設で再生医療を受けています。利益を得た者の一つが、マイルス商会です」
 
「もう一つは?」
 
「さきほど負傷した兵士の約半数がマイルスの施設で治療を受けた、と言いましたが、残りの半数は、グルーム社の施設に運び込まれていました。グルーム社は人工身体開発の最大手です。ここでは再生医療ではなく、損傷部位を人工身体に換装していた。グルーム社が人工身体の売り上げを大きく伸ばしたきっかけはこの軍事闘争です。つまり、利益を受けたもう一つはグルーム社です」
 
「ご名答。やはり、ジルくんにとっては簡単な問題だったみたいですね」
 
 エノウラの言葉にジルは表情を変えずに話を続ける。
 
「利益を受けたのが軍事闘争の原因となった当事者である2社。この2社が最終的には金銭をもって和解した事実からも、これが出来レースであったと考えるのが妥当です」
 
 エノウラは嬉しそうに答える。
 
「真実は藪の中。私もそれについて確かなことは知らないし、知る術もないだろう。ただ、調べれば調べるほど、その線を否定する事実は出てこない」
 
「前回の宿題への回答はここまでです。でも先生。私が確かめたいの今からお話しすることの方です」
 
「あまり突拍子もないことを言われると私も困る。常識の範囲内で頼むよ」
 
「ええ。でもこれは単に秘匿された事実ですよね」
 
 エノウラはゆっくりと、そして大きく頷く。
 ジルは数時間前に知ったばかりの史実についてエノウラに語った。マイルス商会とミジュ・マイルス、再生医療に関する歴史。そして、宇宙進出の際に秘匿された歴史に名を残したラウラと呼ばれる女性について。最後にジルは、今進行しているミジュ主導の計画の目的について話す。エノウラは、ジルの意見に同調した。
 
「ミジュ様にはもう、時間がないのだよ」
 
 エノウラとの会話を終えたジルは、すぐに月に向けて出発した。ジルの調査結果が地球にいるレニーに届くのは、この日から四日後、ジルが月に、レニーたちがラーニに到着した後のことだった。
 
 
 


つづく


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