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身体感覚を共有することの意味

身体感覚の共有

琉球大学で教鞭をとられている玉城絵美氏は、人間とコンピューターの相互作用を研究し、遠隔でロボや他人と「身体感覚を共有する」ことの社会実装を進められている。

玉城氏が研究開発する身体感覚共有は、腕に巻くシンプルなデバイスが筋肉の動きを感知し、遠隔のデバイスに転送して動きを再現することができる。
他人やロボが受け取った身体感覚を遠隔で別の人間が感じることができる。

出所:ベリサーブHP
出所:ベリサーブHP

玉城氏の研究と社会実装により、ヒトは遠隔地にいる他人やバーチャルの世界と、身体感覚を共有できるようになった。いったいそれは何を意味するのか、どのような価値があるのか。
医療福祉、エンタメといった産業から、軍事、研究利用など、様々な活用の可能性が考えられる。

バーチャルの身体感覚の価値

自分は実際に体験したことが無いので実感できていないが、想像するに身体感覚の共有は、その事象だけではなく、体験をすることの文脈まで包括できると面白いのでは、と感じている。
具体的な例だと、自分はサーフィンが好きだ。なにが好きかというと、浜辺の空気感、波の上の浮遊感、水平線からくる海のパワー、潮風、海水の味、、など。それらの現象を全身のセンサーで感じている。
いずれ、これらの感覚がすべて遠隔でも体験できるようになったとする。
果たしてそれで満足できるのか?と考えたら、自分はできないと思った。

なぜなら、「サーフィンをする」ということの価値は、上記であげたようなサーフィン自体をすることで得られる感覚は半分くらいかもしれない。
残り半分は、朝早く起きれた達成感、帰宅した後に食べる朝食、一日の高揚感、といった前後の文脈が占める。そういったところも包括して、「身体感覚の共有」を実装していくと、とても面白い体験やサービスが生まれ、より人によりそった社会実装が実現していくのではと考えている。
何をシェアするのか、そのシェアする行為自体は当事者にとってどのような意味、価値があるのかを、人の生活や価値観の文脈を拡張して捉えると、とても面白いのではないだろうか。

過去・未来の自分の行動を自分でシェアする

自分の行動を、時間軸を超えて自分自身でシェアすることも面白いと思う。
5分前、1日前、5年前、のある場面での自分の行動データと、当時の写真やビデオ、日記などの質的データを組み合わせて、過去の自分の輪郭を作って「今の自分」が体験してみる。また、それらの情報をAIに学習させることで、近未来の自分の行動や考えのモデルが創れる。そのようにして、過去、未来の自分を客観視することで、おもしろい発見があると思う。
「自分のこと」を身体的にも客観視できることは、とても興味深い。

研究から社会実装への道のり

玉城氏の研究は可能性と示唆に富んだ内容であったが、行動偏移も大変勉強になった。それは、自身の研究から社会実装までの過程で、NASAのTRL(Technology Readiness Level)を指標にした行動をしているとのこと。

出所:ベリサーブHP

応用研究の段階で、マーケット調査をしてビジネス検証を実施。ニーズ確認のためシリコンバレーでピッチをするなど、しっかりと行動をされている。

研究の動機は外に出たくない

玉城氏は高校生の頃に
「外に出ないで生活を楽しむにはどうしたらよいか」
という動機のもと、身体感覚共有の実現を目指すことにしたとのこと。
自分の欲望を出発点に、社会との接点を意識しながら形にしていく、またそれらの具体的プロセスなど、研究と実践の双方を実現させたい人間として、目指していきたいロールモデルのお話を伺うことができた。

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