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タメ口で話してもらえた。

 今日仕事をしていたら、私は背が高いものだから、職場の棚の角に頭をぶつけてたんこぶができた。夜にシャワーを浴びている時に、髪を洗っていたら痛くて、思い出したことがあってハッとした。

「先生、どうしたと?」

ぶつけたのをみていた職員が、(福岡弁で)タメ口で私に声をかけてくれていた。そのことを思い出したのだ。

私は900人余りの従業員がいる病院組織を、理事長として2年前に父から継いだばかりだ。

実家の病院は、福岡の田舎にあり、3歳くらいまでは住んでいた地域だったが、あまり馴染みがない。その病院に戻ってきたのは、12年も前で、30歳が過ぎたところだった。

そんな時期理事長に、タメ口を聞く職員など、当然ほぼいない。そうでなくても、良い年の社会人が務める職場なのだから、どのような立場であろうとも敬語であるのが通常だ。

私はそのタメ口を夜シャワーを浴びながら思い出した時、魂が震えたように嬉しくて、じーんと、涙が溢れてきた。

以前から、たまに、タメ口で話してくる職員が、入社間も無くの期間限定で、いた。
私は何となくタメ口で話されるのが嬉しかったが、それは数ヶ月もすると無くなっていった。

多分、その上司から注意されたのだろう。理事長に馴れ馴れしく話すとは、何事かと。真っ当な注意だと思う。

でも、それで失われたものもあって。

私はきっと、私を理事長とか、医者とか、社会人とか、立場のようなラベリングされたものではなくて、ありのままの姫野亜紀裕として、みてほしかったんだろう。

私はありのままではそこに居させてもらえない、愛してもらえない、というようなネガティブな信念(シャドーとか、メンタルモデルとか呼ばれる)を持っている。

それはすごい痛みであるのだが、その裏には願いがあって、私は命のレベルでは、ありのままでそこに居させてもらいたいし、愛されたいを渇望している。

だから、その願いに触れられた体験が、きっとあのタメ口に象徴されていたのかな、と、思う。だから、命から、涙が出てきたんだろうと思う。

そしてその職員の健在意識には、多分そんな意図はないし、そんなつもりもないって、聞いたらきっと答えるだろう。

でも、そこにありのままをみてもらえた、と感じた私は、確かにそこにいたのだ。

人間の喜びって、もちろん名誉とか、周囲に認めてもらうとか、そういう類のものもあるけれど、本質的にはそういうものではなくて、

こういう日常に転がっている、何気ない体験の中に、感じることができる。

刺激的でもないけど、静かで、尊い。

そういうものではないかな、なんて思って、

noteを書き始めようと、

思った。

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