中田考 『みんなちがって、みんなダメ』

★★★★☆

 イスラーム教徒でもあるイスラーム学者、中田考による語り下ろし形式(一部インタビュー形式)による人生指南書的な一冊。
 表紙がライトノベルみたいなのが気になりますが、内容とは一切関係ありません(どうしてこの装丁にしたのでしょう???)

 ふだん意識することはあまりありませんが、僕も含めて大半の日本人が浸っている資本主義や領域国民国家やリベラルな価値観、ものの見方を快刀乱麻にぶった切っていきます。それはもう、身も蓋もないほどに。

 ともすれば、ただの「ぶっちゃけ」になってしまいそうですが、そうならないのは背景にイスラームの教えと豊富な知識があるからでしょう。

 たとえば、こんな記述があります。

「人間は必ず死ぬわけですから「死んではいけない」というのはまちがっています。価値観の問題ではなく事実としてまちがっている。
 どうせ、いつかは死ぬのだから「死んではいけない」と言っても不可能です。
(中略)
 でも、人間はその気になれば生命活動を止められる。なのに生きていることを選んだのなら、それは生きていたいからで、何かしたいからです。そのしたいことをすればいい。「生きていかなくてはいけない」なんてことはないんです。」

 世の中には「どうせ死ぬんだし」と言って話を終わらせる人がいます。字面だけ読むと、それと同じように見えます。
 けれども、本書はそこで終わらせるのではなく、死という客観的事実を前提にその先まで進んでいきます。

 日本で暮らしていると、欧米のリベラルな価値観や資本主義の論理がほとんど前提となっているため、そこに含まれる矛盾や欺瞞に目をつぶっていたりします。
 その状況をイスラームという異なる価値観を通して眺めると、絶対視されていたものが実は相対的なものでしかないことがわかります。
 自由や平等ですらひとつの価値観であり、絶対ではない。少なくとも、イスラーム教における平等と欧米的な価値観における平等はちがうようです。

 国民国家と平等という概念は両立できないため、欧米的な平等は現実にはありえない、という主張は世界に蔓延る欺瞞を容赦なく看破しています。

 とはいえ、根本にある思想がイスラーム教の教えなので、現代の日本社会で暮らしている人間からすると、うまく飲み込めないところも少なくないかもしれません。そこを飲み込めるかで、受け取り方は変わってくるでしょう(あまりに深く肯く場合はイスラーム教に入信することになるでしょう)。

 本書では、およそ考えもしなかったような論理が次々と展開し、さらにそこに、きちんとした一貫性と説得力があるのがすごいです。

 せっかくなので、もうひとつ引用します。

「幸せを求めようとする気持ちがあるかぎり、今は不幸だという前提をつくってしまう。それが洗脳であることに気づいて、幸せでなくてもかまわないと気づいたときに、結果的に幸せになれるんです」

 たしかに、幸せな人は幸せになりたいとは思わないはずです。幸せになるとは、幸せになりたいと思わないことだ、というシンプルな事実をさらりと言ってのけるのは賢者ですね。当たり前のことなのに、人はなかなか気がつきません。
 甲本ヒロトが言っていた「幸せを手に入れるんじゃない。幸せと感じられる心を手に入れるんだ」という名言に通じるものがあります。
 イスラーム学者とロックンローラーという正反対に位置していそうな二人が近しいことを言うのがおもしろいですね。

 本書の主張のすべてに同意できるわけではありませんでしたが、自分の価値観や考え方を相対化するのに非常に有効でした。
 身も蓋もない箴言に溢れた一冊です。

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