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台風で家が全壊した

2019年9月9日の台風15号で家が壊れました。その時の経験や教訓を忘れないように書いておこうと思います。

私の家は千葉県北東部にありました。海から徒歩5分くらいのエリア。築年数40年くらい。基礎や壁はコンクリートですが、サッシなどが木造で、長年雨と潮風に晒されてかなり傷んでいるので、台風が来る以前から普通に暮らしていても雨漏りなどがあって、常にそれが不安でした。

2018年の台風では、窓ガラスが割れ、家の中に風が吹き込み、屋根が浮き上がって夜空が見えるという恐ろしい体験をしました。
その時は慌てて梁に屋根をロープでくくって引っ張って屋根が壊れないように対応しようとしましたが、無駄で、屋根が浮き上がるたびにメキメキという恐ろしい音がしました。
このまま屋根が飛ばされてしまうのだろうかと不安になっていたら、家人が家中の窓を開けました。
すると、スーッと家の中をぐるぐるしていた風が抜けていき、屋根は浮き上らなくなり、なんとか最悪の状況は回避できました。「風の抜け道を作れば大丈夫だったんだね」そんなことを危機を回避した後に言いながら笑いました。けれど、とても恐ろしい経験でした。

そんな2018年の出来事もあったので、台風が来るたびに「この家は大丈夫なのだろうか」という不安が常にありました。
住んでいるエリアは台風などが起きると停電しやすく復旧までに時間が掛かるので、停電という不便さを数日間味わうことも多々あります。
また、私の家はポンプで井戸水を引いているので、停電をすると水道も使えなくなり、トイレも使えなくなるので、以前に停電した時は車で5分くらいのコンビニにトイレを借りに行かないといけない日々が数日続き、かなりの苦痛でした。

2019年9月8日。私は夕方までアルバイトをして、社員の人たちとお昼を食べながら、接近している台風15号の話を世間話程度にしていました。
家人は7日と8日に屋根の補強などを行って台風に備えてくれました。
私も風で飛ばされたり窓ガラスに当たらないように、一緒にベランダに置いてある植物やバーベキュー用のテーブルなどを家にしまったりしました。
そして、家人の友達が泊まりに来たので、夜は外食をして、家人とその友達は話し込んでいましたが、バイトで疲れていたので、私だけ早めに休みました。

深夜になると強い風で窓ガラスがガタガタ揺れ始めました。
怖くて眠れず、携帯で台風情報を見ながら、早く過ぎ去って欲しい。
それだけを祈っていました。それから少し経つと、充電していたままの携帯から充電のイナズママークが消えました。「あ、停電したな。嫌だな」そう思いました。でも、どうすることもできないので、ベッドでぼんやりしていました。

それから、少し経った頃、上の階でガチャンという音がしました。

「窓ガラスが割れた」

すぐ、わかりました。横に寝ている家の人を起こして、「上のガラスが割れたと思う」と言うと、家の人はわかった。と、上階に向かいました。私も付いて行きました。リビングで寝ていた友人に「窓ガラスが割れたみたいです」と言いながら、上に上がりました。

窓ガラスが割れた上の階は書斎とお客さん用の和室で、海側に天井から床までの窓ガラスがありました。そのガラスが倒れていて、私のパソコンモニターを突き破って、割れていました。床やテーブルに割れたガラスが散らばっています。

「危ないから靴履いとけ。あと毛布もってこい。それと、窓開けて」
家の人に言われて、靴を履いて、家中の窓をとりあえず開けました。
吹き込む風を外に逃がすためです。そして、毛布を取りに行きました。
「これはかなりやばい。とんでもないことになるのかもしれない」
その時点でそう思いましたが、なんとかしなければ。最小限の被害に食い止めなければ。という気持ちで体が思っているよりよく動いていました。
慌てて下に降りて靴を履いて毛布を持って行くと、強い風が書斎中に吹き荒れています。
家の人がパソコンなどに毛布をかけて
「大切なものは下に持って行きなさい」
と言いました。私は慌ててノートパソコンと通帳を持って下におり、クーラーボックスにそれを放り込みました。
次に上がって行くと、夜空が見えました。書斎の屋根が吹き込んで来る風でどんどん飛んでいるのです。何処から持ってきたのかコンパネで家の人が割れたガラスの部分を塞ごうとしていましたが、凧のようにそのコンパネが飛んで行き、闇夜に消えて行きました。

「もうここにはいられないから、おりなさい」そう言われて、下におりました。下に降りると、去年の台風で浮き上がっていた屋根が再び浮き上がっています。浮き上がる時は「ブオーン」という気味の悪い音がして、屋根の木材を無理やり剥がそうとするメキメキメキという音がその後にします。とても不気味な音で今でも忘れられません。

去年は窓を開けることで家の中に吹き込んだ強い風を逃して、屋根が浮き上がるのを防げましたが、今回は窓を開けても全く風が逃げません。屋根は何回も強く浮き上がります。去年のように梁にくくりつけたロープを押さえるように言われ、ロープを握っていたら、強い力で引っ張り上げられて、体が浮きました。

玄関では鉄の扉がなぜかバタバタ揺れています。友人が風の力で鉄のフランス落とし(ドアの下部をロックするもの)が折れて閉まらなくなっていると言っています。

扉を押さえるのも屋根を押さえるのも諦め、私は友人の荷物は大丈夫かとふと思い、慌ててリビングに置いてあった友人の荷物をゴミ袋に入れて、クーラーボックスに入れました。そして、書斎で奮闘していた主人が「もうだめだ」と、私の仕事のハードディスクを持っておりてきました。

それは私が数年かけて行なっているデータベース作成の仕事の全データが入っているディスクでした。すっかり忘れていました。ずっと危険な状況で恐怖などはあまり無くなっていたのですが、その時だけ血の気が引くような気持ちになりました。

比較的ガラスも割れていない寝室に三人で避難しましたが、上の階の屋根などが完全に無くなってしまったようで、水がジャージャーといろんなところから降って来るようになり、「もうここにいてはあぶない」という判断で、風が少し収まっている時に車に避難をしました。

それから、色んなものが落下して地面に落ちる音を聞いたり、この強風の中走って行くトラックのランプを見ていました。どうすることもできないし、早く夜が開けて欲しい。早く台風が過ぎ去ってほしい。それだけを考えていました。タオルや衣類を避難する時に持ち出しましたが、それも濡れてしまい、足や体が冷たくて不快で、それから早く脱したいという気持ちもすごく強くありました。先のことはあまり考えられませんでした。

そして、ふと自分が書斎の本棚にへそくりを入れた封筒を立てていたことを思い出し、それはこの雨の中、風に舞っているのだろうかと思うと、自分はなんてことをしてしまったんだろうと思いました(そのへそくりはその後、友人が来るから部屋を片付けいた際に、引き出しに移動していたらしく、引き出しから濡れてボロボロになりながらも無事発見できました)

台風は夜が開けてもなかなか去らず、8時頃にやっと外に出ることができました。庭中に家財道具や書斎にあった家の人の仕事の写真やネガが飛び散っていました。道路にも広がっています。

大きな屋根の梁が地面に落ちていて、車の屋根には割れた窓ガラスがサクサクと刺さっていました。昨日まで住んでいた家が廃屋のようになっています。どうしよう。これからどうなるんだろう。そんな感じでした。

どうやったら防げていたのか。

そんなことを考えたりすることもあります。コンパネで窓を全部塞いでおけばよかったのか。など。

ただ、想像を遥かに超えた強い台風で、滞在時間も長かったので、それでも難しかったかもしれません。

数時間で家が完全に壊れてしまい、家なき子になってしまいました。

その後のことや教訓ややったほうが良いことなど、また書いていきたいと思います。

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