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ベリーダンス警察がセクシー田中さんの調査報告書について解説するよ 

今年1月に芦原妃名子先生が亡くなられた件は、大変にショックだった。

実は私はベリーダンスを習い始めてはや10年近く、結構なガチ勢である。
原作マンガは元々読んでおり、ドラマ化されると決まったときにはそれはそれは喜んで、毎週楽しみに視聴して周囲に「ベリーダンスのドラマがやってるんだよ!面白いよ!見てみて!」と布教していたのだ。

ベリーダンスといえば、15年ほど前にちょっとしたブームがあったものの、それ以降、国内人気は低空飛行。
新しく習い始める人も少なく、ショーを見に行けば内輪ばかり。習い事気分で始めた人たちは続かず、重課金ガチ勢しか残っていないのが実情である。
挙句の果てにはコロナ禍で、有名なスタジオやレストランまで閉鎖に追い込まれ、唯一の専門誌「ベリーダンスジャパン(通称ベリジャパ)」まで休刊となってしまった。

そんな暗いニュース続きだったベリーダンス界にとって、前代未聞のビッグウェーブである。界隈総出で全力バックアップ(&便乗宣伝)し、有名なプロダンサーさんやアラブミュージシャンの皆さんがドラマに出演して華を添えた。

ストーリーも大変面白く、キャストの皆さんも素晴らしい演技で、とっても大満足で2023年の幕は下りたのである。

ところが……
その後の悲しい展開は、多くの人が既に知るところであろう。

マンガもドラマも、どちらも物凄く楽しんでいた身としては、誰かを悪者にするようなことは言いたくない。ただ、1つだけ声を大にして言いたい。

ドラマの出来は素晴らしかった。本当に。

ネット上では、原作改変のクソドラマ扱いをされているのがとても悲しい。制作スタッフの皆さん、演者の皆さん、そして芦原先生のフィードバックを取り入れて最終的に1~8話の脚本を書き上げた脚本家さんには、最大限の称賛を送りたい。素晴らしいドラマを作ってくれてありがとうと。

さて、日テレおよび小学館の調査報告書では、ベリーダンス関連部分で複数の修正希望が芦原先生から上がってきていたという。
この部分、ベリーダンスをやっていない人には何の話かわからないと思うので、私が解説してみたい。


バラディとマスムーディ

まず1つ目。ダンス曲の名称の話である。

またダンス曲の名称も「バラディ」と「マスムーディ」が混用されていた。

小学館調査報告書 PDF 37枚目

(芦原氏は)まず「第 6 話脚本 (第 3 稿 0905)」について、曲名をシンプルなバラディに統一したうえで、 マスムーディとバラディが同じ曲であることが分かるセリフで説明を補足する方法を提案した。

小学館調査報告書 PDF 38枚目

ダンス曲名称は専門家に確認したとしてマスムーディで統一するとの説明がされた。

小学館調査報告書 PDF 38枚目


「いきなり難しいの来たな……」というのが率直な感想だ。
アラブの音楽は独特のリズムがあり、それぞれのリズムに名称が決まっている。
作中で笙野が練習していた、ドンドンタカタードンタカター(※)というリズムは「バラディ」と呼ばれているものだ。(※一般の方に分かりやすいようにあえてカタカナで書いてます)

この「バラディ(baladi)」という語にはさまざまな意味があり、リズム以外にも、踊りのスタイルのことを指すこともあれば、概念のようなものを表すこともある。
アラビア語でbaladiとは「国の」「村の」という意味があり、「うさぎ追いしかの山」的な、「故郷の村がエモい」的な、そんなニュアンスがあるようなのだ。(いろいろな先生から聞いたことを私の理解でざっくりまとめています)

それに対して「マスムーディ」は、バラディのリズム自体のことを指す。厳密にいうと、マスムーディ・サギールとマスムーディ・カビールという速さが違う2種類があるのだが、どちらもドンドンタカタードンタカターという打ち方な点は似ている。
と、いう認識だが、アラブリズムのことを専門に勉強したわけではないので、間違っていたら申し訳ない……

というくらい、わりと難しい話であり、普通の視聴者には絶対わからないので正直「バラディ」だろうが「マスムーディ」だろうがどっちでもいい気はする。
この報告書だけではどの部分のことかわからないが、曲のリズムの話であれば、日テレ側が提示した「マスムーディ」の方がどちらかといえば正しいし、踊りの話であれば原作者側が提示した「バラディ」の方がよい気はするが、まあどっちでも……

最終的にどちらで放送されたのかは忘れてしまった……「バラディ」だったような気がするが……

田中さんがベリーダンスをしていることをバレるシーン

次に、田中さんがベリーダンスをしていると会社の人にバレるシーンで、日テレサイドと原作者サイドで意見の相違があったらしい。

その中には、 田中さんのダンスが動画投稿されて評判になり会社の同僚に知られるシーンがあるが、非現実的であるとして原作どおり、偶然ベリーダンスをしている友人から見せられたことに戻すよう提案した点があった。

小学館調査報告書 PDF 31,32枚目

(日本テレビは)田中さんのダンスが社内で評判になったきっかけについては、芦原氏の意見に反対して採用しないことを明言

小学館調査報告書 PDF 38枚目

個人の感想ではあるが、この点についてはドラマ版の方が自然に感じる。なぜかというと、「ベリーダンスをしている友人」なんて普通に生きているとほぼエンカウントしないからだ。
こちらとしても、ベリーダンスなんてほとんどの人は興味がないとわかっているので、ベリーダンスをやってない人にベリーダンスの動画を見せるという発想がない。
それなら、動画がプチバズりしてバレた方がまだマシな気がする。
 
まあどっちも非現実的といえば非現実的だが、マンガやドラマなんてそんなものだろう。「ベリーダンスをしている友人」をキャスティングしなければならない手間を考えれば、日テレ側の改変理由は十分に理解できる。

むしろ以下の点に驚いた。

(芦原氏は)ダンスの動画についても、初心者に過ぎない田中さんのダンスが動画で評判になるほどのものではあり得ないこと等の理由を詳細に説明して、

小学館調査報告書 PDF 38枚目

田中さん、初心者設定だったの!? 
初心者なのに、あんなにソロでレストランショーをしているなら、そちらの方が非現実的ではないかとは思う。

ドラムソロの衣装

日テレサイドと芦原先生が決定的にこじれたのが本件らしい。
最初に日テレ報告書で以下を読んだ時は、「まあ撮り直しは面倒くさいよね……ダンスのレッスンだってしてるわけだし」と思った。

2023 年 10 月上旬、ドラマ撮影時に撮影シーンを巡って本件原作者が A 氏に対して 不信感を抱く事案があった。A 氏は、C 氏より送付された本件原作者の意向に従って 当該撮影内容としたつもりであったが、本件原作者はそのような趣旨では依頼して いない認識であったため、C 氏に確認を依頼した。 C 氏を通じた本件原作者の撮影シーンに関する問い合わせに対し、A 氏は既に当該シーンは撮影済みである旨回答を行ったが、実際の撮影は 5 日後に予定されており、 そのまま予定通り撮影が行われた。その後、これらの経緯を本件原作者が知ることになった。A 氏によると、まだ撮影していない旨を回答すると本件原作者から撮影変更を求められるのは確実であると思ったが、A 氏は当該撮影シーンは客観的にも問題ないものだと思っていたこと、及び当該シーンの撮影のために 2 か月にわたってキャスト・スタッフが入念に準備を重ねていたため、撮影変更はキャストを含め撮影現場に多大な迷惑をかけるので避けたいと思って咄嗟に事実と異なる回答をしてしまった。このことは反省しているということであった。

日テレ調査報告書 PDF 31枚目

しかし、小学館サイドの報告書を読むと、考えが変わった。

芦原氏は社員 A に第 3 話脚本のシーン 50で 演じられるダンスが「ハリージ衣装でドラムソロを踊る」ことになっているが、これを「普通のドラムソロ」に変更するように日本テレビ社員 Y 氏に急ぎ伝えるよう要請した。芦原氏が問題としていたのは、同シーンでベリーダンスを田中さんがステージで踊る際、演出では「ハリージ衣装でドラムソロを踊る」こととされていた点であり、芦原氏は、社員 A に対して、ハリージ衣装でドラムソロを踊ることは、ベリーダンスの歴史的、文化的背景としてあり得ないので日本テレビ社員 Y 氏に確認してほしいと求めたのである。

小学館調査報告書 PDF 44枚目

あ、これはたしかに駄目だわ。

Xでは「着物警察的なもの……?」という疑問も見られたが、本件に関してはたしかにありえないし、撮り直しが妥当ではないかと思う。

まず、ハリージとは、湾岸地域(ペルシャ湾周辺)で踊られる民族舞踊のことだ。ゆったりとしたドレスを身にまとい、髪を使って踊るのが特徴である。

多くの人がベリーダンスで思い浮かべるのは、お腹を出したセクシーな衣装だと思うが、実はベリーダンスは中東エリアのさまざまな民族舞踊を含んでおり、それぞれ衣装が違う。
オリエンタル衣装で踊る、いわゆる「ベリーダンス」とは、リズムも動きも全く別ものなのである。

一方、ドラムソロは、ダラブッカという中東の太鼓の音だけで作られた曲および、その曲を使って踊るダンスだ。
こちらは一般的なオリエンタルドレスのほか、ミニスカートの衣装も最近ではよく使われる。
シミーと呼ばれるベリーダンスならではの腰を震わせる動きや、軽快で力強いヒップアタックが見どころなので、身体のラインがしっかり見える衣装で踊られることが多い。

しかし、ハリージの衣装のハリージドレスとは、こういうやつだ。

つまり、ハリージドレスでドラムソロを踊っても、何をやっているか全く見えないのである。
文化的に間違っているのはもちろんなのだが、絵的にも映えないので、撮り直してよかったのではないかと思う。

なお、「ハリージドレスでドラムソロ」にダンス監修者がOKを出していたのが本当かという点はたしかに疑問が残る。

芦原氏からの依頼として、「ハリージ+ドラムソロ」は ダンスの監修者が OK しているとは思えないので確認してほしいとの依頼があったことを伝えた。これに対して日本テレビ社員 Y 氏は社員 A に対して直ちに、ダンス監修者には「OK 頂いている」という認識であるが、改めて確認すると返し、同日 23 時 35 分にダンス監修者から OK の確認が取れたと連絡してきた。しかしこの時、実際にダンス監修者が OK と言っていたかという点には疑問が残る。

小学館調査報告書 PDF 44枚目

ドラマでベリーダンス監修をしたのは、日本ベリーダンス連盟代表理事のIzumi先生だ。きちんとしたキャリアのある、業界内でも有名な先生なので、ベリーダンスに関しておかしなことを言うとも思えない。
本当は確認をしていないか、もしくは通常はハリージドレスでドラムソロを踊ることはないと説明し上で、最終判断は制作チームに任せたということなのかもしれない。

ベリーダンスとインド

「第 5 話脚本(第 2 稿)」についてもセリフの修正要請箇所が何か所もあったが、ヒンズー教徒が多いインドでベリーダンスをするという点に疑問を呈した。

小学館調査報告書 PDF 34枚目

これはよく覚えている!
なぜかというと、私も「ベリーダンスなのにインド……?」と思い、放送時には「インドはイスラムと関係が深いから」というセリフにひっかかって一時停止までしたからだ。(※TVer視聴)

ただ、このセリフは原作にもそのまま存在するので、芦原先生がどこをどう問題視したのかは、修正前の脚本を見ないとわからない。(修正して原作通りにしたのだとは思う)

「インドがイスラムと関係が深い」というのはムガール帝国時代の話だろうと自分の中では一応納得をしたが、ベリーダンスはアラブの踊りではあるがイスラムの踊りというわけではないので、原作通りだとしてもやはりしっくりこない部分ではある。

ちなみに、この回で出演されたプロダンサーのEmily Diamond先生は、ボリウッドフュージョンで有名であり、「この回でちゃんとEmilyさんをキャスティングするなんて、さすが連盟が監修しているだけあるなぁ」と視聴当時感心していた。

基本的にダンス監修はしっかり入っていたと思う。

まとめ

長くなったが、調査報告書の中で、ベリーダンスに関連する部分について解説してみた。ドラマ自体は大変おもしろく、ベリーダンス界でも喜ばしいこととして受け止められていた。

原作では、ザーやイラキー、モワシャハットといったドラマで取り上げられなかった民族舞踊もあったが、どれも難易度の高いジャンルであり、ベリーダンスをゼロから練習したキャストの皆さんが踊るのは難しかったと思う。
ドラマでもベリーダンスとしっかり向き合ってくれているのは伝わってきたし、キャストの皆さんが一生懸命練習してくれたのもとてもよくわかった。短い間であそこまで仕上げるのは大変だっただろう。

だからこそ、このようなことになってしまって本当に悲しい。マンガの続きを読むことも楽しみにしていたのに……
芦原先生のご冥福をお祈りしたい。

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