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9ヶ月間、高齢者施設でポリファーマシーに取り組んた結果と考察

この業務に臨む姿勢

私は今回の高齢者施設での業務を行うまでは、小児メインのクリニックの門前に勤務していました。小児薬物療法の認定をとっていたこともあり(異動を期に更新は諦めましたが…)、小児の薬物療法に関してはそれなりに知識はあったものの、高齢者においては「腎機能に注意しておこうかな?」という程度の認識でした。まさに「ゼロから始める」状態だったのです。自分にとって未知の領域でしたが、以下のような姿勢で業務に臨みました。

第1に薬剤師として自分の薬学的知見をどのように活かせば「ポリファーマシーによる有害事象という」社会の問題を解決し、現実社会がより良くなるのか?ということを考えました。

第2に減薬ではなく個別最適化を重視しました。一般的に「ポリファーマシー対策=薬を減らす」というイメージですが、私は薬を減らすことを目的とせず、個々にあわせた「個別最適化」を一番に考えて取り組みました。

第3に薬剤師が介入することで、高齢者施設の利用者の皆様の有害事象がどれだけ防げるかということを最優先しました。後述する「暮らしが先にくる思考回路」を基にアセスメントしました。さらにスタッフの皆様の薬に関する問題解決にも取り組みました。

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上記は介入した施設の概要です。平均年齢89.9歳というのは驚きです。ほとんどの方がフレイル、腎機能低下の状態といえます。3月以降は新型コロナウイルスの影響で訪問ができなくなってしまいました。

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内容は上記3点です。

①ポリファーマシー対策の具体的な方法

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①-1 導入~訪問開始まで

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以前より医師から施設での薬物療法の質を向上させたいという要望がありました。紆余曲折の末、施設に訪問して服薬指導を行うことになりました。まず施設長と看護部長に面談し、薬剤師の介入の意義や一部負担金のことについて説明しました。その後、利用者家族への連絡会での報告(同席は不要でした)を経て訪問開始となった次第です。訪問は週1回行いました。

①-2 訪問~服薬情報提供まで

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おおまかには上記のような流れで行いました。どの部分から始めてもよいと思います。一覧表の作成は全体像を把握するためです。服薬フォロー・アセスメント・フィードバックをセットで行いました。施設での服薬指導といっても基本的には外来業務と同じです。各項目の詳細は後述します。

面識もほとんどなく、処方提案も初めて行う医師のため最初は服用時点の整理、規格変更、配合剤への変更提案など、比較的受け入れやすい内容から始めました。薬剤師からの処方提案に慣れていただくことを目的にしました。

施設での服薬指導は主に検査値の確認や看護師さん、介護スタッフの方への聞き取りです。最初はアウェー感満載の訪問でしたが、週1回の訪問を重ねるうちに次第に打ち解け、いろいろ質問を受けたり施設での講演会を依頼されるまでになりました。

①-3 役に立つ道具と使い方

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資料はPDFのような電子データがおすすめです。書籍との大きな違いはPDFビューワによる検索機能があることです。キーワードを打ち込むと候補がでてくるので書籍よりも早く情報にたどりつくことが可能です。

また持ち運びも容易です。私は週1回の施設訪問以外は他の店舗にヘルプに入っていたため、たくさんの書籍を持ち歩くことはできませんでした。そのため資料をスマホとタブレットにダウンロードして閲覧していました。もともと荷物を抱えるのは好きではありませんでしたし、この環境でほぼ問題ありませんでした。ただし個人情報を扱うPCは店舗据え置きのものです。データの持ち出しやUSBによる転送も厳禁です。

①-3-1 一覧表の作成

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一覧表を作成しようと思ったのは全体を俯瞰するためです。介入人数が90名以上だったため一覧表がないと「モレなく確認したか?」「いつ確認したか?」が把握できません。さらにプロブレム(問題点)の抽出もまとめることができました。確認内容としては「適正使用」「腎障害リスク」「ベンゾジアゼピン系の薬剤のリスク」「用法の整理」「配合剤へ変更できないか?」「粉砕の可否」などです。チェックした日付を記載し、次回のフォロー計画に役立てようとしましたが、結局1回限りで期間が終了してしまいました。

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高齢でフレイルの方が多かったので腎機能を評価した一覧表も作成しました。効率を重視し、表計算ソフトを使用し「生年月日」「体重」「血清クレアチニン」を入力すると「年齢」「クレアチニン・クリアランス」「eGFR」「CKDステージ」を自動計算するように設定しました。なおクレアチニン・クリアランス0.6mL/min未満の方はラウンドアップ法を用いました(0.6mL/minを代入する)。身長は計測できないため個別eGFRは計算できていません。ほとんどの方が中等度〜高度腎機能が低下していました。

①-3-2 服用時点の整理−規格変更・配合剤の検討

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こちらの提案はすんなり受け入れられました。規格の変更と配合剤の提案です。実質的に薬の変更はしなくても服用錠数を減らして、医療費も下げることができました。服用錠数が減ったことで、施設スタッフさんの負担も少し軽減したと思います。

①-3-3 製剤安定性の評価

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ラベプラゾールNa錠の粉砕指示がでていたので、処方提案した事例です。「錠剤・カプセル剤粉砕ハンドブック」を根拠にしました。

①-3-4 適正使用のアセスメント−資料活用

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適正使用に関しては、これだけでほとんど対処できたと思います。全てPDFやWeb上で閲覧できるので、検索機能を使ってすばやくチェックできます。介入人数か多く、時間も限られていたのでスピード重視で行いました。高度腎機能低下、有害事象がでている利用者さんを優先的に処方提案していきました。

①-3-5 問題点の抽出−プロブレムリスト

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アセスメントして抽出した問題点は「プロブレムリスト」として薬歴に記載します。私がいた薬局は紙薬歴でしたが、電子薬歴であればプロブレムリストの機能を使っていたと思います。

①-3-6 情報収集−訪問

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訪問のときは前述の「プロブレムリスト」を基に検査値の確認や聞き取りを行います。漫然と聞き取るのではなく、プロブレムリストで聞くべきことを抽出しておくと有益で効率的な訪問になります。

気になる利用者さんの情報や医師へのフィードバック内容の共有、看護師さんや介護士さんからの薬に関しての問題点を情報収集します。

①-3-7 服薬情報提供−トレーシングレポート作成

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処方提案や施設から医師への要望(施設から医師へは意見を提案しにくいようです)を伝えます。トレーシングレポートを作成し、医師と施設の看護部長にフィードバックします。

トレーシングレポートは忙しい医師にも読んでもらえるように、要点→詳細+根拠(文献・ガイドラインなど)を簡潔に記載しています。まだキチンとした型はできていないので、今後アップデートしていくつもりです。

①-3-8 薬歴に記載

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腎機能低下の利用者さんが多いので、薬歴の表紙には腎機能低下の目印を記載しました。どの薬剤師が対応しても腎機能低下の注意喚起を行うためです。薬棚にも腎機能注意喚起の目印をつけるのが理想でしたが、実施には至りませんでした。

② 症例報告

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症例① 85歳女性 便秘の悪化

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今回の主訴である便秘の原因になっている薬剤で真っ先に思い浮かぶのが「トアラセット」でしょう。看護師さんに確認したところ痛みは特にないとのことでした。それどころか、なぜ痛み止めが必要なのか分からないとのこと。詳細をきくと他の医療機関から施設に入所し、そのまま処方が継続になっていたということでした。さっそく医師にトレーシングレポートを提出しました。トアラセットだけでなく、ドンペリドンやグーフィスも減らせる可能性がありました。

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結果としてはトアラセットのみ削除でした。削除後も痛みはなく便通も改善しています。

症例② 93歳 男性 掻痒とMg値上昇と腎機能低下

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正直、掻痒の原因は不明でした。まれにクロルマジノンにそのような副作用がありますが、典型的なものではありません。それよりも気になったのがMg値上昇腎機能低下におけるアロプリノール200mg/日です。

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高齢者で腎機能が低下しているので高Mg血症のリスクは高いので対処としては容易です。アロプリノールは腎機能低下時においては50-100mgで用量調整が必要ですが、尿酸値が4.4mg/dLとコントロールされています。そこで高尿酸血症・痛風の治療ガイドラインのアルゴリズムを参照にアロプリノール中止の処方提案をしました。

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結果としてアロプリノールは削除となりマグミットは減量になりました。その後は尿酸値の上昇もなく、なぜか掻痒もなくなったそうです。

症例③ 82歳男性 フルニトラゼパムによる反跳性不眠

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長期間フルニトラゼパムを服用していた利用者さん。介護スタッフの方から「眠れているし昼間も眠気があるようなので、薬を止めてみてよいか?」という質問がありました。軽度ですが、ふらつきなど有害事象もでているのでフルニトラゼパムの減量を提案しました。

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参考にしたのが上記2つのガイドラインです。こ存じのとおり、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬の減量は時間をかけてじっくり行う必要があります。ですが現に有害事象がおこっています。悩んだあげく以下を提案しました。

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フルニトラゼパムを半量へ減量する処方提案を行い、受け入れられました。ジアゼパム換算で5mgの減量なのでペースとしては多めです。不安もありましたが、利用者さんの調子は良好ということでした。後日談ですが、あまりに眠る時間が多いので、指示をうけて1度薬を止めてみたら不穏な状態になったようです。急に薬を止めるのはよくないことを介護スタッフの方に理解してもらえました。

③ 結果&考察

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③-1 37件提案中15件変更

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2019年5月-2020年2月まで介入期間で、37件のトレーシングレポートを提出し、15件が処方変更になりました。最も多かったのが、腎機能に関わる適正使用の提案です。小児の場合は体重を確認しますが、高齢者の場合は同様に腎機能と体重を確認する必要性を感じました。また施設スタッフからの相談や実際に有害事象がでている事例では変更割合が高かった印象です。意外だったのは服薬時点をまとめたり、粉砕における製剤安定性に関しては提案を受け入れてもらえることができませんでした。

③-2 必要な薬学的スキル

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薬剤師独自の視点として「薬理学×薬物動態学×製剤学」は必須であることを改めて感じました。薬剤師としては当たり前のことを指摘しても看護師さんから「薬剤師さんてそんなことまで分かるん!?スゴイな!」と称賛されたことがあり、誇らしい気持ちになりました。薬剤師の視点というのも高齢者施設において有用だという手応えを感じた瞬間でした。

臨床推論は個人的にまだ未熟な段階です。施設スタッフからの相談を受けたときにこのスキルがあれば、もっとよりよい対応ができると感じました。今後の課題です。

冒頭にも申し上げましたが、「暮らしが先にくる思考回路」は今回の介入の根幹を成すものです。薬の有害事象によってQOLを低下させないことを第一に考えて行動しました。

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薬の基本的な取り扱いの講演会を実施したときの施設スタッフの皆様への事前アンケート結果の抜粋です。一般の方と薬に関する知識は大差ない印象です。これは当然のことで、看護師さんや介護士の方々には薬に関連する負担を減らし、自分の専門性に集中できるようために薬剤師の介入が必要と感じました。

③-3 ポリファーマシー対策は効率化とセットで行わないと地獄

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資料:「イシューからはじめよ」安宅和人著 図4 犬の道より引用改変

薬剤師の業務は「対物→対人へ」といわれていますが「対人業務」は時間がかかります。ポリファーマシー対策も同様です。トレーシングレポートもそれなりの時間がかかります。今回、私がポリファーマシー対策に取り組めたのは奇跡的に薬剤師が多数入社して一時的に人的余裕が出来たからです。(現在は人的余裕はなくなりましたが…)

現在の業務を効率化しないまま、努力と根性で頑張って今回のようなポリファーマシー対策を行おうと思ってもそれは地獄です。私の愛読書の1つに安宅和人氏の「イシューからはじめよ」に詳細が記載されています。安宅氏によるとまさに「犬の道」を通ることになります。できるだけ価値の低い仕事は効率化し価値の高い仕事に集中できる考え方が必要になります。

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厚生労働省から調剤業務のあり方についての通知(いわゆる0402通知)以降、薬剤師でなくてもできる仕事が明確化されました。薬剤師でなくてもできる仕事は業務移管、薬剤師しかできなくて重要度の低い(決して不要で軽視するものではなくやって当たり前の業務)はテクノロジーなどを使って効率化する必要があります。社会的価値のある業務を見極めて最優先する必要があるでしょう。個人的にはポリファーマシー対策など対人業務になってくると思います。

さらに業務中にじっくり考える「間」の必要性を感じました。より深い仕事をするための息つぎの時間というか考えを整理するための時間です。(よほど開設者の理解が得られない限りサボっていると思われますが…)

今後の課題

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1つ目は服用薬剤調整支援料の算定ができませんでした。処方提案はできる限り実施したのですが、2剤以上減ることはなく服用薬剤調整支援料の算定ができませんでした。施設では薬の一元管理はできていたので、外来に比べて算定しにくい一面もあったかもしれません。時間がかかった割に利益になりませんでしたので今後の課題と致します。

2つ目はベンゾジアゼピン系の薬剤への介入が不十分だったことです。不眠の訴えは多いのですが、施設の業務の流れにおいて睡眠衛生などの非薬物療法が難しいのが現状です。またせん妄アセスメントも不十分でした。

3つ目はポリファーマシー対策を始め、薬剤師が介入することでどれだけ現実社会がよくなったかというエビデンスを構築することと感じました。withコロナにおいては今までのように右肩上がりの処方せん枚数の増加が見込めません。薬剤師の介入により対人業務が評価され、点数に反映するための基盤づくりの一助を担えたら幸いです。

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