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【「トンネル」掘削秘話】第1回_不思議なノート その1

「トンネル」掘削秘話
秋帽子

不思議なノート その1

〈語り部〉〈トンネル〉〈日記〉
語り部:田宮 伴(Bann Tamiya)

万和4年7月1日公開

 語り部のノートにようこそ。
 私は田宮伴。現在31歳、日本の東京都出身だ。
 私は職業作家ではない。しかし、縁あって、「ブンブン」こと、わが友ブンブンクァツモク・ミカワザルバ・マテリア(彼自身が名乗る際の発音を正確に書き写すことはできないが、我々ヒトの粗雑な聴覚では、そのように聞こえる)の旅について語ることになった。

 今日は、私が、『トンネルに雨は降らない』という物語を始めた経緯をお話しよう。

物語の本文はこちら(リンク)。

 さて、
 事の起こりは、今から遡ること3年前の、ある秋の日のことだった。
 秋、それは食欲の季節。当時のパンリキーはまだ、おにぎりのように膨らんだ三角形で、おいしさの秘密を空洞のどこかに隠していたものだ。残念ながら、私の行きつけのコンビニでは、あの忌まわしい「まるげりーたあじ」しか販売しておらず、我が愛する、正しい黄色のスナックは、手に入れにくい状況が続いていた(念のため大急ぎで書き記しておくと、私も、マルゲリータというピッツァは大好物である。ビヤホールで見かければ、必ず注文するほどだ。私はただ、すでに完成形に達している傑作菓子に、軽やかなイメージと無縁な、毒々しい赤い粉を添加しないでほしいだけなのだ)。
 コンビニの品揃えについては、店主の責任ではない。フランチャイザーのプライベートブランドがMGT味を採用したのであれば、大人しくその商品を仕入れるのが賢明なことは、私も了解している。しかし、どこか近所に、風雅を解する良心的な駄菓子店はないものだろうか。そんな些細なこだわりが、私をあの店へと導いたのだった。

高架下の雑貨店

 その頃、私は、渋谷の行政書士事務所に勤務していた。私の仕事は、所長の補助者として、忙しい顧客に代わって、お役所相手に様々な書類を提出することだ。
 最近では、書式などはインターネットで簡単にダウンロードできるのだが、それに名前と住所を記入して送れば万事解決というわけにはいかない。法律や規則というものは、予めガチガチに決まっているわけではなく、意外と「現場の判断」に任されている部分も多いのだ。結局、重要な書類は、管轄するお役所の担当者に問い合わせねば作成できず、湾岸の都政施設に出かけたり、全国の市役所と電話でやり取りしたりと、自分から動かなければ始まらないのが常だった。また、顧客である中小企業の経営者は、相続などの問題も抱えているのが常であり、遺言書の検認や、銀行預金の相続人への移転といった手続きにも、自然と詳しくなっていった(銀行ごとに、書式や必要書類が微妙に違うのだ)。
 おかげさまで仕事は忙しく、顧客の事業も順調なようだった。所長と顧問税理士は、事務所の経営計画と、最近渋谷の街にニョキニョキと立ち並び始めた最新のオフィスビルを見比べて、現在の古びたマンションの一室から引っ越すことを考え始めた。私にも、正式に国家資格を取り、補助者ではなく共同経営者(パートナー)として、行政書士法人を開設しないかと提案してくれた。
 いや、有難い話である。日々の働きを認められて嬉しかったが、同時に、「この道」を選択することの重大さも、次第にのしかかるようになってきた。正直言って、私は、効率的に事務仕事を処理できるタイプではない。業務メールに簡単な返信を書くだけで30分かかる。封筒にゴム印を押すだけでも、真っ直ぐになるまで3回はやり直す必要がある。手数料の小為替を同封するのを忘れて、慌てて追送するミスもなくならなかった。こんな私が「行政書士の先生」になって、果たして格好がつくのであろうか。
 思い悩んでいるうちに、なんとなく、まっすぐ家に帰るのがおっくうになってきた。
 仕事柄、電車で都内の様々な駅に行き、そこから、役所や金融機関の支店を訪問することに慣れている。そのおかげで、自宅の最寄り駅の二つ手前で降りると、そこから最寄り駅まで、線路の高架下に、小さな店舗やショールームが、たくさん並んでいるエリアがあることに気付いていた。
 やがて私は、事務所からの帰り道に、そうした小さなお店を、気の向くままにのぞいて歩くのが楽しみになっていった。カフェあり、雑貨店あり、デザイナーの体験教室あり…。東北など地域特産品の販売所もあった。もしかしたら、赤い粉のかかっていない三角形のスナックも、売っている店があるかもしれない(通販で箱買いするのは、私の流儀ではない。私は、お気に入りのお菓子と、それをちょうど食べたいときに、店頭でバッタリ出会いたいのだ)。そう思えば、少し手前の駅で降りるのも、全く苦にならなかった。
 そうした気ままな散策のうちに、私は、一件の無人店舗を見つけたのだ。

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30周年で六角形に!?深まる秘密が謎を呼びます。秋帽子です。A hexagon for the 30th anniversary! A deepening secret calls for a mystery. Thank you for your kindness.