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エフとキャベツの帽子_8.謎解き大会

『金字塔』特別編 エフとキャベツの帽子
 秋帽子
(前回「7.未来への扉」より続く / 第1回はこちら

8.謎解き大会

 こうして、牽牛が川を渡るように、東川は扉の向こうに去ってしまった。
 カレンダーは、はや6月となり、いよいよ《塔》の紀元祭の季節がやってきた。
 夏至の日に至る10日間ほどが祭りの期間だ。この年の紀元祭は、12年ごとに巡ってくる、特別なお祭りである。6月10日に、招待客を《塔》へと導く偽扉が開かれ、6月21日には、「謎掛けの殿堂」(ナゾラー・ホール)で大競技会が開催される。恵庭さんが、競技会に集まった人々の前で、現代日本のなぞなぞを紹介するのもこの日である。
 大競技会は12年に一度、干支でいう丑から寅にかけて開催される。
 今年は丑年のため、挑戦者決定戦となる。参加者は、自ら出題することはせず、《出題者》が出した問題を解くのみだ。
 挑戦者決定戦とはいえ、誰でも参加できるわけではない。参加資格は、順位戦におけるレーティングが2850以上のアクティブ謎解き人であり、《謎解きの類人猿》よりも上位の永世称号を有すること。ただし、順位戦に参加していなくても、《謎解きの大王》以上の高段者に当たるレジェンド謎解き人は、《首席出題者》の特別推薦により出場できる場合がある。
 したがって、無名の新人が飛び入り参加することはできない。もっとも、過去には様々な事件があったらしいが…。
「詳しくは、ホールの柱や壁に刻まれた、過去の名勝負の記録をご覧ください。」エフは、浩一くんと池田氏に説明した。円卓メンバーである二人は、順位戦に参加するようなアクティブ謎解き人ではないが、招待客として祭りに参加していた。エフは本来の《出題者》の大きさに戻り、二人をエスコートすると同時に、護衛もしている。この大きさのときには、エフの瞼の上には、緑色に煌めく天然のアイシャドーが現れる。三日月が地上にもたらす月光にもたとえられる、美しい色合いだ。
 ゲスト2名は、ホールに集う群衆から物珍しそうに眺められながら、自分たちの方でも人々を活発に観察・論評していた。
「お祭りというから、もっと古風で格式ばったものかと思っていたよ。謎解きの家元みたいな人が出てきて土俵入りをするんじゃないか、とかね。
 順位戦のレーティングか…。意外と近代的なシステムだな。」池田氏が感想を述べる。
「まあ、《塔》には、建設されて以来の、地上のあらゆる時代の文化が蓄積されていますからね。王国の民には、意外と、新しもの好きなところもありますし。」と浩一くん。
「そうかもな。オープニングで、フリフリの衣装を着たアイドルグループが歌い始めても驚かないよ。」池田氏は笑った。
 エフは、実際にそれもあり得るのではないかと思った。浩一くん一行が《塔》に入って以来、彼らの服装や話し方など、現代日本の文化にも関心が持たれているようなのだ。
「アイドルは登場しませんが、オープニングセレモニーはありますよ。」と教えると、勘のいい池田氏はすぐに気が付いたようだ。
「なるほど、Bちゃんの姿が見えないのは、そのせいだな。大方、オオツノジカのお祖母ちゃんに付添っているんだろう。」

 祭りの始まりを告げるのは、序謎(じょなぞ)である。
 簡単にいえば、野球の始球式みたいなものだ。VIP扱いのゲスト《出題者》が登壇し、本気モードではない、お試しレベルの謎掛けで座を温める。
 この年のVIPは、久しぶりに《塔》にその姿を現した、伝説の《出題者》だった。書記局や、その背後にいる角切坊との争いで《塔》を負われた、《出題者》オオイラツメだ。
 名誉を回復したオオイラツメを、その孫で、円卓メンバーでもある美幌さんが紹介する。その横には、赤い大きな座布団に胡坐した美幌敬三氏の姿もあった。どうやら、行方を探し出すことができたらしい。
 満場の喝采と一部のブーイングを受けて登場したオオイラツメは、場が静まるのを待ち、おもむろに序謎を提示する。
 枝分れした巨大な角を持つ《出題者》の声は、鳥が、虫が、年降りた大木が、その幹を覆う苔が、風が、土が、闇が、そして森全体が歌っているように聞こえた。日本語でありながら、同時に古今東西のあらゆる言語で一斉に唱えられたような、世界の全てを包み込むような響きを伴った声が告げた。

〔昼日中でも我が目に入らぬが、月夜の影には律儀に映る。
 炎暑の日には盾となり、凍える冬には優しく包む。
 着座の折に手離すことあれども、旅立つ日には伴うべし。悪路を厭わず、遠出を苦にせず、致命の風に吹き払われるまで、汝に寄り添う同行者なり。この者は何か?〕

 エフは浩一くんと顔を見合わせ、微笑んだ。これは、よく知っているものだ。
 12年前に謎掛け王者となった王国の民がオオイラツメの前に進み出て、敬意を表する。黄金の仮面をつけ、桃色の包帯を巻いた貴族の女性だ。かつて浩一くんたちが《塔》の下層で会見したサティに似ている。
「ご帰還おめでとうございます。梅花の香りを御身にまとう、麗しの《出題者》オオイラツメよ。
 あなたの見事な双角の上に乗せることができることができるかどうかはわかりませんが、私の尊敬を込めた答えをお受け取りください。
 謎の答えは『帽子』。帽子が答えでございます。間違いありませんでしょうか?」
 オオイラツメは優しい微笑みで応じた。
「王国が生んだ最高の謎解き人に再びまみえたことを嬉しく思います。暗き入江より漕ぎ出す者、モンバードの娘ロザリーよ。そなたは、父の顔を忘れていないようですね。配偶者のウィルフレッド殿共々、道の追及によく励んでおられるようです。
 我が謎掛けに、よく答えを返してくれました。
 いかにも。謎の答えは『帽子』です。」
 謎解き人ロザリーが優雅に答礼し、オオイラツメの隣に設けられた長椅子に腰掛けると、客席からは、大きな歓声と拍手が巻き起こった。これから始まる大競技会では、来年の本戦で彼女に挑戦する新鋭謎解き人が選ばれるのだ。

 セレモニーはまだ続き、ガチガチに緊張した恵庭さんがスピーチのために歩み出た。
 とはいえ、本稿は既に5万6千字に達し、予定を大幅に超過している。この調子で大会全編を紹介していくと、その倍の文字数に達してしまうかもしれない。
 いささか残念ではあるが、今回は、この辺りで筆をおかせていただこう。
 果たして、恵庭さんのスピーチは成功するのか。チャンピオン謎解き人ロザリーと、その配偶者ウィルフレッドに挑戦する者は、一体どんな凄腕なのだろうか。そして、翌年の寅年に開催される本選とは?
 機会があったら、その物語もご紹介しようと思う。何時とはお約束できないが、その時をお楽しみに!

(「9.予告編」に続く)
※この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは、一切関係がありません。

30周年で六角形に!?深まる秘密が謎を呼びます。秋帽子です。A hexagon for the 30th anniversary! A deepening secret calls for a mystery. Thank you for your kindness.