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【エッセイ】レンタルビデオ屋の名犬ラッシー

高校何年生だったか定かではないがティンバーランドのナイロンパーカーにユニクロのマフラーを隙間なく巻いていた寒い冬だったことは覚えている。
雪が降ってなかったからその日は自転車で通学した。五時も過ぎれば外はもうすっかり夜の色。僕は自転車のライトを点けていつもの道を家に向かって帰っていた。部活を終え時刻は7時も近かったと思う。
僕はほぼ毎日のようにレンタルビデオ屋へ立ち寄っていた。
朝は返却ボックスに昨晩観たDVDやMDにダビングしたCDを投函して帰りにまた何かしらを借りるというのが僕のルーティンだった。

その日は雪は降らない予報だったが日も沈んだ外は風が吹かなくても震えるくらい寒く、僕は暖房の効いたレンタルビデオ屋が恋しくてペダルをこぐ足にも自然と力がこもっていた。
ライトアップされたレンタルビデオ屋の駐輪場に自転車を停めた僕は入口へ小走りで向かった。

「?」

レンタルビデオ屋の入口前に一匹のコリーがお座りしていた。
名犬ラッシーで有名な中型犬だがそのコリーは首輪にリードがついたまま繋がれておらず、でも置物のようにその場所から動きもしないで白い息をヘッヘヘッヘとはいて座っていた。
きっと店内に飼い主がいるのだろう。飼い主が出てくるのを待っているのだろうと僕は寒いのに偉いなとコリーを振り返り見ながら自動ドアの前に立ち店内へ入っていった。

何を借りたのかは覚えていないがその頃バイト先のパートのおばさんから映画の魅力を教わった僕はヒッチコック作品の虜になっていた。もしかしたらその流れで「鳥」を借りたのかもしれないしそうじゃない別の映画かドラマを借りたのかもしれない。店内に入れば何を借りようか迷うのも楽しかったし映画のタイトルやパッケージを眺めるのも好きだった。なので店内の滞在時間は平均20分はざらだった。その日もいつもと同じように棚を物色し堪能して一作品借りて店を出た。

「?!」

あのコリーがまださっきと同じ場所に座っていた。
まだ飼い主は店内にいるのか?僕より先に入ったはずなのに?なんだか遅くないか?
僕はこの寒い冬の夜に屋根はあるにしても風がもろにあたる自動ドアの前の入口でざっと逆算しても30分はおとなしくお座りしているコリーに後ろ髪をひかれた。
駐輪場へ行くことが出来なくなった僕はしばらくコリーの隣に腰を下ろして飼い主を待った。

何人も僕らの目の前を通り過ぎていった。
店に入る客。店から出てくる客。
行儀よくお座りしているコリーと横に並んで腰を下ろしている僕らをちらちらと不思議そうに見る視線がとても気まずかった。
僕もふと何をやってるんだろうと我に返ったが右に顔を向けると自動ドアをただ真っ直ぐ見つめるコリーがいればどうしようもなくなる。一緒に待つしかなかった。
が、横に並んだ時から直感的にひっかかっていた気がかりは次第に膨らんでいった。

もしかして…このまま…?

しつけもよくされたおとなしい飼い犬であることは間違いなかった。リードつきの首輪もしていた。シャンプーのいい匂いすらそのコリーからはしていた。毛並みもよくサラサラだった。じゃあなぜここに?もうそんなことを考え出していた僕には見捨てて帰ることなど選択肢にはなかった。

そのコリーとの距離も縮まって僕は手袋でコリーの体を撫でていた。そして話しかけていた。お前の飼い主遅いなぁ。どうしたんやろうね?さむないか?偉いなぁ…。
その間も客の出入りは絶え間なく、何分か前に入っていった客が出てきていた。その客が不思議を通り越して怪訝そうに僕らを見て去っていった。
それだけかなりの時間が過ぎたことを意味していた。

そのコリーは何分かおきに勝手に自動ドアが開くと店内へとぼとぼと歩いて入っていった。
僕はその度に入っちゃダメなんだよとコリーを制止しようとしたが店内に入ると辺りを少し見てからすぐにまた元にいた外の場所へ戻っておとなしくお座りの態勢になるのだ。

店員もその繰り返しに困惑しつつ、僕と会話はなくともなんとなく察してくれている感じだった。

待つこと30分以上、もうこれは埒があかないとふんだ僕は店員さんにこれまでの経緯を説明した。
店員さんはきっとあのおっちゃんのことだと理解したようで、あのおっちゃんて誰?何があったの?と、順をおって説明してくれた。

昼に酔っ払ったおっちゃん(コリーの飼い主であろう客)が店の中でちょっとした問題を起こしたそうで警察が連れていったとのことだった。
ということはあのコリーはこの寒い中を昼からずっと外で待っていたことになる。
ああやって何度も店に入ってきてはすぐにまた出て待ってることも店員さんは知っていて話してくれた。
そして店員さんはもう少しで飼い主のおっちゃんはここに戻ってくると警察から連絡があったということも教えてくれた。

僕はなんとも複雑な気持ちだったがとにかく飼い主(警察に連れて行かれたおっちゃん)が戻ってくることに安心した。
僕はコリーに「もうちょっとで会えるからな」と手袋ごしだが頭を撫でて駐輪場へ向かった。
僕はそのおっちゃんの顔を観ることなく冷えきった体で自転車をこいで家へと帰った。

忠犬ハチ公だな、あの名犬ラッシーは。
しっかりしろよ、おっちゃん。と心で呟いた。



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