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息子にハガキが届いた話

「おじいちゃんからハガキが来ていたよ。」

それは70代半ばの私の父から中学2年の息子宛のハガキだった。

パソコンに向かっている息子に声をかける。「うん」と返事はするものの画面から視線をちらっとテーブルのハガキに向けただけで、また画面の向こうに思考が戻っていくのが分かった。中学生だしそんなもんだよね。何かに集中していたら聞こえてないのはいつものことだし…。と、胸の内で苦笑する。

動画よりも文字で理解する

息子は6歳のときに自閉症スペクトラム(ASD)の診断を受けている。興味の範囲はあまり広くなく、こだわりも強い子だった。何かに集中しているときは生返事で、頭に残っていないことも多い。小さいころ、私は今思えば誤った接し方をしていたこともあった。本人の語彙が足りないためによく癇癪を起した。家庭内での暴力もあった。

やがて私はペアレントトレーニングを学び、クリニックの心理士に相談しながら彼への接し方を身に付けていった。夫もそれに倣い大分接し方がわかってきたと最近は言う。息子自身も服薬をしたり、ソーシャルスキルトレーニングを受けたりしてきた。今では、行動面は落ち着いて家庭内ではお互い大きく困ることはほとんどない。だが、小学校の間に彼は不登校になり、現在も多くの日は家庭で過ごしている。今でも集団で過ごすのは苦手なようだ。

息子の不登校の間に気付いたことがある。彼はどうやら「音声による会話だけで進んでいく事象は頭に残りにくいらしい」ということだった。

不登校の間、学習の遅れがご多分に漏れず私も気になった。ネットの動画授業に登録してやらせてみたこともあるが、講師の顔・服装・身振りなど本筋以外の情報が学習の妨げになるようだった。

付属するすべての情報が授業内容と遜色ない強さでに頭の中に届く。興味のある分野ではちょっとした誤字や情報の古さが気になる。自分とは異なるペースで話や板書が進行する。それらは除きたくとも除くのが難しい刺激となっていた。学びたい分野や内容は「教科書や本を読む」か、YouTubeの早口な動画を字幕付きで見る方が理解できるようだった。

「これは学校の授業もわかりにくかったのではないだろうか。」と思いながら彼を見ていた。

ハガキで受け取る「思い」

そんな彼に「おじいちゃんからのハガキ」が来た。内容はお礼状。少し前に行った校外学習で、彼は親戚たちにお土産を買ってきた。それを宅配で送った「お礼状」だった。母がお礼の電話をくれたとき、父がとても喜んでいて「もう子ども扱いはしないで、ハガキでお礼状を送る。」と言っていると聞いていた。

「おじいちゃんのハガキ読んだ?」とパソコンに向かっていないときに再度声をかけてみた。「あ!そうだった!」とハガキを手に取り読んでいた。

「おじいちゃん、とっても喜んでくれたねえ。真面目なおじいちゃん、初めて見たよ」とハガキを持ったまま息子は台所にいた私に報告に来た。

父は、息子にとって文字の方が頭に残ると知っていたわけではないと思う。ただ、昔ながらの礼儀として父は息子に「ハガキ」でお礼状をくれた。それはおそらく、声だけの電話よりも「息子にとっては」心の奥深くに届くものが多かったのではないかと思う。「ありがたく頂戴します。」「賞味するのを楽しみにしています。」といった堅苦しい文面の中に「おじいちゃんはとっても喜んでくれた」という思いを息子は確かに受け取っていた。

息子がASDの診断を受けたとき、私は「この子は他者への思いやりや優しさを持つことは無いのかもしれない。頑張って型としてそれを実行できるだけなのかもしれない。」と思って泣いたことがあった。心理士さんにそれを話したとき「だけど、多くの人が型で対応していますよ。型が覚えられれば十分じゃないですか。」と言われたことがある。
成長した息子は「おじいちゃんの好物」をちゃんと覚えていて、旅先で土産としてそれを選び、買ってくることができた。
そしてお礼状を読んで父からの謝辞をしっかりと受け取っていた。

違いは外からは見えにくい

自閉症とひと口に言っても、そのあらわれ方や困難は様々だ。息子の場合は、いわゆるIQは高い方で知的にも問題はない。「少し個性的なところのある男の子」と見る人が多いだろう。身体の障害とちがい、いったい何が他者と違うのか本人も周囲も外側から判断するのは難しい。何が困っているのか、何を手伝ってもらえばいいのか本人も自覚しづらいだろうと思う。

4月2日は「世界自閉症啓発デー」。電話や会話より、ハガキがコミュニケーションとして有効な場面もある。そんな違いをお互い認め合えるような関係が、息子の周囲でもっと増えていくことを願っている。

世界自閉症啓発デーに思いを寄せて、アイコンを赤い電車から青い電車に変えました。そして、以前書いたままになっていた息子についての記事を本日アップすることにしました。


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