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最近やる気がない? 中年の危機!

■ 中年の危機

Facebookの投稿で、最近気になったのは佐々木さんのこれ。

若いころは上司の指示や目標に向かって走っていれば良い。それがなくなる40代には、自分なりの価値観が必要。役割に縛られすぎると行動や精神も縛られていく。説得力高い議論。

Posted by 佐々木俊尚 on Saturday, January 15, 2022


リンク先の記事はこれ


自分自身はまだ、”中年の危機” に直面すると言われる40歳には達してない。
でも、下のような言葉は、まさに自分のことだと思った。

会社の中での「こういう役割だったらこうあるべきだよね」とか、社会の中で「こういう立場だったらこうあるべきだよね」ということばかり考えていると、ずっと「他人モード」
中年になるまでの過程で、「現実は理想に近づかない」と大人になってわかってきちゃうじゃないですか。どんどん(理想を現実に)アジャストしていっちゃうと、「こんなもんだよな」と思ってしまうところがすごく多いと思うんですよね。それが「やる気でない問題」の根幹なんじゃないかなという気がします。


正直、最近自分の中のやる気が枯れてしまってる。
関わってる人もそれなりに好きだし、やってることにもそれなりに意味を感じてるけど、全部「それなり」なのだ。

「なぜ?」を挙げ始めると、行き場のない堂々巡りになりそうだから、どうやって状態を変えるかを考えたい。

さっきの記事だと、「感情を取り戻し、価値観を思い出す」ことが大事らしい。

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「なぜ40歳を越えると「やる気」が出ないのか?「中年の危機」を乗り越えるためのエンジンの回し方」より


■ 何に憧れるのか

経験をそこそこ積んでくと、「憧れと現実は別」「憧れの人と自分の間の差」を何度も噛みしめる。

そこから、その差を埋めるために頑張れるパターンもある。
理想を”すっぱいブドウ”にして、大したことないもの、ほんとは欲しくないないものとして認識をすり替えちゃうパターンもある。
もしくは、よく知らないで憧れてただけど、よく知ってみたら自分の価値観とはほんとにちがったということもある。

今の自分は、これまで出会ってきた憧れに対して取ってきた頑張りや、すり替えや、がっかりや、その全部の結果ともいえる。

いま、自分が憧れるものとはなにか。
自身も多くの日本人の例にもれず、昔から「他者から認められる人」が憧れだった。
どんな場でも、「発言力がある」「必要とされる」「愛される」ような人。
だから、オールマイティで完ぺきである必要があった。(当然無理でパンクした)

■ 拠って立てるところ

今は、「拠って立てるところ」がある人をうらやましく思う。
専門性がある、その領域については正解が無いことにも方向を指し示せる、その領域ではやりたいことがどんどん出てくる、そんな人をかっこよく思う。

長くやっているマーケティングは自分にとって違うのか?
YESでもあり、NOでもある。

①仮説構築力が弱い
自分であまり仮説をつくらず、短期的な「やるべきこと(と組織で決まったこと)」の実現に邁進してきてしまったことが災いしているかもしれない。
(あとは、この重要性に気づいてアプローチし始めた矢先に、とんだ横やりでチームのプランがすべて中断になったことも・・)

仮説構築力 = 仮説の素材集めの力 x 発想力 

だとしたら、自分にはどっちがどれぐらい足りないのだろう。
素材集めの課題は、長時間がかかる。調べられる(調べる)範囲が、限られた自分の半径に偏ってしまう。
発想力の足りなさは、触れる情報の少なさからかな。

②広く浅くの施策遂行能力
やったことはあることは多いが、結果にコミットできると自信を持って言えるものは少ない。「なんでも屋」を必要としたこれまでの組織環境と、これと決めて深められなかった自分自身の結果だ。

「施策遂行が強くなくても、マネジメントはできるよ!」と言ってくれる人もいたし実際自分にもそう言い聞かせてきたが、そう単純なものでもない。
マネジメントをするには、①の力の方が圧倒的に足りないからだ。
そして、小さな組織や、現場に近いレイヤーのマネジメント層では、結局②もある程度求められる。

とりあえず何か決めて、超詳しくなってみる。これを直近の目標としていいかもしれない。

■ まあ、やってみよう

自分の年を考えると焦るし、周りのばりばりやってる人を見てもなんだかちょっと悲しくなる。
正直、人生100年時代とか年金いつから貰えるのとか、不安でしかない。

でも、今から見たら足りないかもだけど、その時々で一生懸命やってきた。

今がこれからの人生で一番若いとき。

とりあえず、やってみたらいい。

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