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記憶のスイッチ

「2008年9月13日」

  この日付に心当たりのある人はいるだろうか。覚えている人がいるかわからないが、この日付が1人の言葉によって一時期多くの人を恐怖に陥れた。

2008年当時、日本のマスメディアで
ジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルース(Jucelino Nóbrega da Luz)
というブラジル人が時々取り上げられていた。

  彼は、2008年9月13日に愛知県岡崎市(おそらく)でM8.6の東海地震が起きると予言した。

  私は当時まだ小学生だったが、学校でもけっこう話題になった。最初はネット上で話題になったらしいが、テレビでも取り上げられたため、ネットを利用する機会ない小学生の私の周りでも話した記憶がある。次第にマスメディアで目にすることはなくなったが、当時はテレビで取り上げられたり、未来予知や予言に関する本も何冊か出版されていたようだ。
  当時この予言を信じた人がどれくらいいたかわからないが、私はこの予言を信じた人の1人だった。当時はまだ小学生だったから、大した批判的思考力もなく、噂には流されやすかった。私の周りでこの予言や噂が特に広まったのは、確かその日付までの2~3ヶ月の間だったと思う。当時はまだはっきりと揺れを感じる地震は経験したことがなく、これといった大きな災害も経験したことがなかった。それでも私は、小学生ながらかなり死の恐怖を感じた。
  死の恐怖を感じることは、事故に遭ったり大きな災害に遭ったりすることがない限り、そうそう無いだろう。その日から十数年が経ったが、本気で死の恐怖を感じたのはその時ぐらいだ。


そして2008年9月13日当日、何も起きなかった。


  予言は外れた。メディアもその後「予言が外れた」などとわざわざ取り上げることもほぼなかったと思う。私もこんな記憶すぐに忘れると思っていた。

  だが、数年前に解散したTHE BOOMというバンドの「風になりたい」という曲を聞くと、今でも思い出す。
THE BOOMの「風になりたい」は、1995年発表の曲で、このバンドの代表曲の1つである。おそらく「島唄」で知っている人も多い。
「風になりたい」は、明るいメロディーでサンバ的な要素が入っているので、明るい雰囲気の曲だ。だが、明るいメロディーと対照的に、歌詞からは社会を消極的に捉えるかのような少し暗い気持ちが表れている。この曲を、バブル崩壊後の90年代の社会に対する気持ちが表れている、と考察する人もいるようだ。

  

  私の小学校では、毎月「今月のうた」というのが決められ、全校集会の時に全員で歌うという取り組みがあった。たいてい生徒に配布されていた合唱曲集の中から決められることが多かったが、2008年の9月は違った。この月は合唱曲集に載ってない曲で、選ばれたのがTHE BOOMの「風になりたい」だった。
学校で朝や帰りに歌う練習をすることが多く、「風になりたい」もけっこう歌った覚えがある。そして、当時の私はバブル崩壊後の90年代の社会なんて知る由もなかったが、この歌から感じた明るいメロディーの裏にある妙に暗い雰囲気が、地震の予言を恐れていた私の記憶に刻み込まれた。

「天国じゃなくても 楽園じゃなくても
あなたに会えた幸せ 感じて風になりたい」

という歌詞がある。私はこのフレーズを聞くと、死と天国・楽園という連想をするようになってしまった。

  

  人の記憶は映像よりも音の方が残りやすいのではないかと思う。特に意識していないだけで、意外と音楽と記憶が結び付いていることは多い。例えば、子供の頃外で遊んでいて、夕方5時の音楽が鳴ったら帰ってきてねと言われていたり。おそらくその音楽を聞いたら、子供の頃に遊んでいた記憶をふと思い出したりしないだろうか。

  最近Yahooニュースの記事で、ACジャパンのCM『あいさつの魔法』の裏側が語られていた。

「年齢によって、印象はずいぶん違うんです。ネガティブに感じられたのは、やはり震災の恐ろしさを実感された方、主に大人なんですよね。」 https://news.yahoo.co.jp/articles/98fe76259f0e02ee1025da8ed35798ff33366007?page=3

元々震災とは全く関係のなかった「ポポポポ~ン♪」が、ちょっとした経緯で震災の記憶を呼び起こすスイッチとなってしまった。

  音楽と記憶はやはり強く結び付いていると思う。そして、その繋がりは時に予想外の繋がり方をする。そうであるなら、ある曲が幸せな記憶や楽しい記憶を呼び起こすスイッチであったらいいのに。


では、本来全く関係が無いはずの曲、
Fatboy Slimの「Because We Can」を聴いて終わろう。何を思い出すだろうか。 https://m.youtube.com/watch?v=rjIl_xFUruM

 


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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