見出し画像

Re:start

夜、ぬるっとした風を感じた時、「春だ」と思う。

日中のやらかな日差しは「春ですよ!!」とわかりやすく主張している感じがするけれど、夜はまだ、冬が幅をきかせている。だから、キリリと澄んだ夜の空気が緩んで、その隙間からぬくい風が滑り込んできた時、正真正銘の春を感じる。とうとう、夜まで春になってしまった、と。

 

たぶん、私はあまり、春が好きじゃないんだと思う。

冬から春に向かっていく過程より、夏から秋に向かっていく過程の方が好きだ。理由になるかわからないけれど、なんて言ったって私は秋生まれだから。昼が長いよりも夜が長い方が落ち着く。灼熱の地平をひんやり冷やす静かな夜に、文章を捏ねくり回しているのが何よりも好きだった。

 

本当のことを言ってしまえば、桜にも少し苛立ちを覚える。

咲くとうれしいし、綺麗だと思って一生懸命スマホで写真なんか撮っちゃったりするけれど、どうしてもその散り際に想いを馳せてしまう。酷暑と極寒をくぐり抜け、1年かけてやっと咲いたと思ったら、強風や大雨であっという間に散る。花の命は短くて、なんだか生き急がされているような気がしてしまう。散るくらいなら咲かなければいいのにとさえ思う。

そういえば、同じような理由で蝉も好きじゃない。ザ・昆虫というフォルムも苦手な要因の一つなんだけれど、何年も土の中で暮らしているくせに、満を持して地上に出てきたら1〜2週間で死ぬところが、どうしようもなく憎たらしい。「土の中で暮らしてきたあの歳月はなんだったんだ!!」って心の中で声を荒げたくなる。道路でぺしゃんこになって息絶えている蝉も好きじゃない。なるべく綺麗に死んでほしいと思うのは、人間のエゴだろうか。

ああ私、「儚いもの」を美しいと思う感情を持ち合わせていないのかもしれない。なんて天邪鬼な。

 

でも、気が引き締まるのは、いつだって「春」だ。
うだるような暑い夏、物悲しい気持ちにさせる秋、身を切るような寒さの冬に、そうそう襟を正すことはない。

この時期、新生活の準備をする人も多い。新しく何かを始める人を横目に、私はいつも考えている。否が応でも考えさせられるのだ。「私はこのままでいいのか?」「私はこれからどうしたいのか?」と。

考えるのは決まって、仕事終わりの帰り道。最寄り駅から自宅までの15分は、私にとって「これまで」と「これから」を考える時間だった。仕事のこと、将来のこと、叶えたいあの夢のこと……春を告げるぬるっとした夜風を全身で受け止めながら、当てもなく考える。

 

ああ、また春がきてしまった。
次の一年をまた同じ一年にしてしまっていいのだろうか?
この生活、いつまで続けるんだろう?

 

一生懸命考えを巡らせるわりに、最終的に辿り着くのは至ってシンプルな答えだ。それは、「目の前のことを一つ一つ頑張るしかない」という、ごくごく当たり前のこと。

まだ訪れていない「これから」を良くするためには、やっぱり、目の前のことに全力を尽くすしかないと思う。未来は、今の積み重ねでできているから。他にも良い方法があるのかもしれないけれど、目の前のことを頑張れない人が、他の何かを頑張れるとも思えない。

「これまで」やってきたことだって、きっと私の力になってくれているはずだ。遠回りすることもあったし、上手くいかないこともあったけれど、その一つ一つが「私」という人間を色濃く、深めてくれているに違いない。「これまで」の人生をムダだったとは思いたくない。すべてを素材にして、ちゃんと「これから」の糧にしたい。

ああ、「これまで」を肯定するためにも「これから」を一生懸命生きなくては。

 

 

春は「《おわり》と《はじまり》の季節」と言う。

でも、何もかもをリセットして、全く新しい何かが生まれるわけではないと思う。私にとって「春」は、今までの積み重ねをぎゅぎゅっと一つに丸め、力強く次の扉を開けていくような感じがしていてほしいのだ。

だって、人生は一つの線でつながっているから。「これまで」のことをなかったことにして次へ進むなんて「これまで」に失礼だよ。「これまで」の出来事がまだ点と点でつながっていなかったとしても、それらはいずれどこかで線となるはずだ。私は確信している。だって、これまでの人生でそういう瞬間を何度も見てきたから。

 

桜はいずれ散ってしまうけれど、それで終わりではない。芽が出て、また新しく始まっていく。新芽は「これまで」を捨てて出てきた芽ではなく、「これまで」を力に変えて生まれてきた強かな芽だ。

もうすぐ三月が終わる。
さあ私たちも、今ここから、もう一度はじめよう。



-------------------

noteリレー、第二走者は ひさとみ なつみ でした。
お題は、「#noteリレー」企画・考案者であり、第一走者のsakuさんからいただいた「春の夜に」

まさか発起人のsakuさんからこんな素敵なバトンをいただけると思っていなかったので、本当に「びっくり!」しました。お誘いいただいてとってもうれしかったです。どうもありがとうございました!

次にバトンを託すのは、文筆家の嶋津 亮太さんです。
過去2回「教養のエチュード賞」を企画され、成功に導いておられる嶋津さんなら、「#noteリレー」を遙か遠くまで運んでくださるんじゃないかと思い、バトンを託させていただきます。

嶋津さんへのお題は「“書きたい”と思う瞬間」
私は嶋津さんの文章がとても好きなので、どんな時に創作意欲がかき立てられるのか、どんな風にしてその文章が生まれるのか、いつも聞いてみたいなと思っていました。公の場(?)で堂々とお聞きできるのがうれしすぎます。(既出でしたらお題を変えるのでおっしゃってください…!)

嶋津さん、バトンを託しました!
note、楽しみにしています!!


【私の好きな嶋津さんのnote】
(好きなnoteがありすぎて選べない)

【noteリレーの詳細はこちら】

【一つ前のnote】

【一つ後のnote】

Coming Soon!!

最後までお読みくださり、ありがとうございます。「スキ」ボタンを押していただくと、「玄川阿紀を変えた10の作品」がランダムで表示されます。ぜひお楽しみくださいませ♡ いただいたサポートは、本の購入費用にいたします。より良い文章を紡いでいけるよう、応援よろしくお願いいたします。