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卒業を実感できずに嘔吐した.

先日,大学院の卒業式を終えた.しかし,心は卒業を実感できていない.また4月から,新学期が始まりそうな気がする.授業が開講されそうな気がする.研究室に通う生活が始まりそうな気がする.大学の図書館で気ままに本を読み,勉強する生活が続きそうな気がする.一生このままであるような錯覚にも陥る.大学に住む人生.図書館に籠る人生.

しかし,大学院を卒業したという事実が存在する.4月から社会人になるという事実が存在する.身体はその事実をわかっているのだろうか.腹の奥底が蠢くように気持ち悪い.心と身体のミスマッチが起こっている.不協和だ.図書館の席に座っている.久しぶりに嗅ぐ図書館の臭いが気持ち悪い.紙と布と体臭が混ざった臭いが気持ち悪い.

私は嘔吐した.腹に蠢く黒い虫をすべて吐き出すかのように.膿を出すかのように.身体と心を空っぽにして,強制的に調和させようとするかのように.吐いた.大学で培った自分を全て捨ててしまうかのように.学びを全て無に帰すかのように.吐いた.

大学でやったことを纏めて意義づけないと.社会でどう生かすか考えないと.自己を律しないと.社会に適応しないと.「ちゃんとした大人」にならないと.

家族から,友人から,先生から,先輩から,後輩から,無邪気な「おめでとう」が浴びせられる.無情な「社会人がんばれ」が浴びせられる.無自覚なプレッシャーが浴びせられる.喜び謝礼する責任が浴びせられる.前向きに未来へ羽ばたこうとしている姿を見せる責任が浴びせられる.

私は嘔吐した.全ての繋がりを吐き出し,全ての責任を吐き出し,自己を洗い流した.空っぽの自分になった.裸の自分になった.ひとりになった.自分を主語にして生きることを決めた.

そうして,腹が減っていることに気がついた.私は腹が減っている.私の心は苦しんでいる.私は自己を肯定したいのに自己を批判してしまう.私は自分に求める水準を高くし,周囲の期待に応えようとし,責任を背負おうとしてしまうようだ.未来を生きようとしてしまうようだ.未来を全て設計し,予測し,計画通り進めようとし,失敗すると自己嫌悪に陥ってしまうようだ.さて,今この瞬間を生きよう.私は腹が減っている.帰ってご飯を炊こう.カレーを作ろう.


※この記事にはフィクションが含まれます

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