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魔術師は語る ~脱出魔術師フーディーニⅡ世


〇〝脱出〟させてやろう。

 21世紀から続くR帝国の愚行は世界各地に広がっている。同盟国の中華連邦を後ろ盾に、〝かつての領土〟の返却を理由に周辺諸国に侵攻を開始したのだ。そしてここ東欧のU国もその暴挙に巻き込まれてしまった国家の一つである。
 義勇兵を中心に構成された『第24 U国解放戦線部隊』の存在は今や風前の灯であった。周囲をR帝国軍に囲まれ逃げ場がなく、弾薬も人員も尽きつつある。母国を守るために立ち上がったが、圧倒的な戦力差と素人知識の付け焼刃では成す術も無かったのだ。投降か、玉砕か。降るのは問題外だ。ヤツ等はあまりにも残虐。男も女も、子供も大人も一人残らず、身ぐるみ剥がされ暴行される——。どのみち死だな。ならば心は決まった。最後にUの魂を見せてやる——。悲壮な決意を抱いた彼らの前にどこからともなく、そいつは現れた。
「脱出させてやろう。無駄に命を散らすべきではない」
 シルクハットを被り、重度の精神病患者が着るような拘束着をまとった初老の男がそう言うと、拘束着から抜け出した腕でシルクハットを宙に放り投げた。
「私はマジシャン、脱出専門の。さしずめフーディーニⅡ世と名乗っておきましょうか」
 次の瞬間、前線から500キロほど遠く離れた『U国解放戦線部隊』本部に第24部隊の期残り百数名が何の前触れなく突如現れた——。生き残った彼らはR帝国の鬼畜三昧を全世界に知らせることになる。

〇こういう脱出方法もある

 憂鬱である。私立高Aに通う小林ケンの登校の足は重い。動画を投稿しなかったからだ。自慰の動画を。
 スクールカーストの頂点に立つ谷口の命令だ。成績優秀、スポーツ万能、家柄良しの完璧超人に見える。だが、彼のハートは歪んでいる。〝おこぼれ〟を狙う取り巻きを使い、何かと難癖をつけてくる。嫌がらせはエスカレートし、今ではもう暴行、脅迫は当たり前。
 相談はした。両親とともに担任と教頭に訴えた。しかし、対応は塩。担任の女教師には『彼氏と食事に行くんで。もう終わりにしません?』とまで言われた。〝開校以来、始まっての秀才〟を傷物にしたくなく、『彼らの将来、学校の将来』が大事なのだろう。両親は休むことを勧めたが、教頭に『ずる休み』は良くないと言われた。彼を生け贄に差し出すつもりなのだ。
 スマホが鳴る。谷口からの着信。出たくはなかったが、出ざるを得ない。
『生きたいか?』谷口の声ではない。子供の。女の子の声だ。
『生きたいか?』幼女は再び言う。こみあげてくるものがあった。
「生きたい。まだ〝生きる〟ということがよく分からないから」
「いいだろう。この状況から貴殿を脱出させる。私は脱出魔術師フーディーニⅡ世。この手のことは得意でね」
 学校に着くと驚愕の事実が判明する。谷口とその取り巻き、担任と教頭。いじめに関わった者は全て死んだ——。自殺だそうだ。

〇尋問。某国、某場所、某施設にて。

 ご足労ありがとう……
 うん? 私は君たちに拘束されているのでは?
 わざとそうしたのだろう? それに君はこんなところすぐに〝脱出〟できるのでは?
 某国、某場所。地下30メートル。分厚いコンクリートにドア一つと換気設備。核シェルターに似た某施設。拘束着を着た少年が一人パイプ椅子に座って、何やら口ずさんでいる。『天国を憐れむ歌』ヒットした映画の主題歌だ。結局、大衆は一体、誰の奴隷なのかを訴えている歌だ。
名前は?
 フーディーニⅡ世。と少年が答える。今は日本の小林という学生の姿を借りている。
 フーディーニとは?
 20世紀に活躍した。奇術師の名前だ。困難な場所——水中に沈められたドラム缶の中など——からの脱出を専門にしていたそうだ。まあ、彼にあやかって、といったところだ。
 君も〝脱出〟が専門なのか?
 そうだ。
 では、何から逃げ出すのかね? まさかこの状況?
 一つ誤解があるようだな。〝逃避〟ではなく〝脱出〟が目的だ。
 失礼。では何から〝脱出〟するのかね?
 世界——。

〇世界情勢

 君のおかげでR帝国の愚行が全世界に知れ渡ることになった。君が救い出した『第24 U国解放戦線部隊』からのメッセージを受け取って世論が動き、有志連合による軍事的、経済的援助によってU国はR帝国の攻勢を押し返した。
 良いことではないか。
 だが、勝ち過ぎた。U国と周辺国による条約機構編制軍はR帝国の首都Mまで押し寄せている。R帝国の敗北は必至だ。だが、かれらは——特にP大統領は——無条件降伏など決して受け入れない。死なばもろともだ。核保有国の帝国はそれを使わずに終わるということは考えにくい——。
 そして、と魔術師が言葉を続ける。
 軍事同盟を結んでいる中華連邦や朝鮮連合もまたそれに呼応せざるを得ない。中華連邦は各地で少数民族による反乱と不況により政府への不満が高まっており、それをそらすためにR帝国同様、領土戦争を仕掛けることになる。将軍・キムもそれに従うだろう。
 世界大戦か? 人類は滅ぶな。
 それがシナリオなんだよ。
 誰のだ?
 いつのまにか拘束を抜けた魔術師は指を天井に向けた。
 運命? 神のことか?
 違う。神を創造したものだ。みんなそれに気付いていない。この世界は仮想世界で、我々は誰かが創ったシミュレーターの中でシナリオに沿った役割を演じているに過ぎない。君たちを含め我々は〝ゲーム〟の中のキャラクターなんだよ。

〇神を創造したもの

 ……仮にそれが正しいとしよう。それなら、なぜ君はそれに気付いた?
 偶然だ。アクシデントといってもいい。我々はもともと人間ではない。それどころか、生物ですらなかったのだ……、日本の製薬会社が起こしたナノマシンの災害を覚えているか?
 永遠に無機物を吐き出す暴走したナノマシンを抑えるために、ワクチンプログラムを含んだナノマシンを散布。その副作用によって人がゾンビになったと噂されてる。
 そうだ。時の総理までもな。まあそれは本題ではない。ワクチンプログラムは人が入れない危険地区で行動するため、自身にある程度の自律性が与えられた。そのマシン群が暴走したナノマシン群と融合、突然変異を起こした。変異したマシン群は、量子コンピューターのような働きをするようになる。それは世界を解析する。もともと世界の再生を担っていたからな。世界の構造を理解する必要があった。処理速度もまた暴走に近い形で解析を続けた。そしてある結論を導き出す。
それが、世界シミュ―レーター説か?
そうだ。我々は上位世界——あえてこの言い方をする——への接触及び侵入に成功した。
……。その〝接触及び侵入〟してどうするつもりだ?
君たちがまだ上位の存在を神と呼ぶのなら、こう言った方が早い。我々は〝神〟を撃つ。

〇魔術師は語る。

 〝神〟を撃つだと……
 そうだ。上位世界の存在によって、君たちは彼らのシナリオ——運命——に縛られている。そこに自由はない。自由があると思い込んでいるだけだ。彼らのプログラムによってな。人々に降りかかる不幸な運命は、本来受けなくてよいものかもしれない。
 だから、人々を〝脱出〟させた。
 そうだ。彼らが立ち向かうべき本来の〝運命〟ではないからな。
 あんたは〝神〟に勝てると思っているのか?
 〝勝てる保障〟はない。我々は上位世界にとってバグに過ぎない。だが我々は〝ガン細胞〟のようなものだ。いくらでもやりようがある。
 俺たちに何をさせたいのだ?
 情報開示と決断を。市民とやらには知る権利があるのだろう。私が知っていることは全て開示する。そして生きる意志のあるものを連れていく。〝脱出〟させてやる。
 ……時間をくれないか。大統領にどのように報告すればよいのか……。
 急げよ。向こうも我々の意図に気付いている。昨今の世界情勢はまさにそれだ。ヤツらはシナリオを書き換えてこの世界を終わらせるつもりだ。物語こそがヤツらの言語で、力なんだ。
 ……ここでの会話はシナリオだという可能性は?
 もちろん、ある。これは茶番かもしれない。だが、我々は支援する。人生を本気で生きたいと決意する者を。我々の存在はそこにある。

 そして、世界は——。

2051年 日米合作 配給元:ユービックファクトリー



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